第2話 ヒーローの行動力

 体育館の隅に追いやられた、暇人たちのたまり場と化しているダンスサークル。

 幽霊部員としてサボるどころか、サークルにも属していない者がほとんど。

 そんな中、瑞穂は関係ない者に冷めた視線を投げかけて、必死に練習に励んでいる。

 真剣に踊っては大きな鏡に向き合って取り組む。

「よし、順調……いいぞ、次はええと……あ!?」

 曲の転調についていけぞ足がもつれた。

 無理な体勢から転倒する。

 瑞穂はうまくいかなかったポージングのせいで膝をすりむいてしまった。

 絆創膏を貼って応急処理をする。

 終わると、プロのキレッキレな踊りを動画で確認している。

 スマホをみる瑞穂だが、その肩はちいさく震え、木陰に隠れた位置で涙を拭った。

 瑞穂は練習を再開させる。


 日照り続きの水森市。週間天気予報はあいにくの晴ればかり。

 タオルを取り出し汗を拭う。

 やけに高い空を見上げてこぼす瑞穂。

「今日もあっちいなあ……」

 うんざりとこぼす瑞穂のもとに、スマホ上に通知画面が下がってくる。

 震えるアイコンを押して電話にでた。

 連絡が来たのは瑞穂のバイト先の店長だった。

「瑞穂ちゃんかい!?」

「どうかしたんですか? 今日、あたしシフト入ってますよね?」

「ああ。そうなんだが、じつはバイトの新人が来なくてね」

「新人……? そっか、今日からでしたっけ」

「遅れるっていう連絡があっただけでその後音沙汰がないんだ。悪いが道中で探してあげてくれないか? きっと迷子にでもなってるんだと思うんだ。うちはわかりにくいからね」

「了解です」

 電話を切ると瑞穂はリュックサックの荷物を持った。

「待った」

 リュックを背負った瑞穂に声がかかった。声をかけたのはたむろしてた男子のひとりだ。そのほかの女子たちがつまらなそうに彼を待っている。

「なになに、瑞穂チャン、もう帰んの?」

 瑞穂に肩を組むいかにも柄の悪い男子。

 瑞穂はいやな顔をせずつられて笑った。

「ええ、バイトなんで。先輩もほどほどにね」

 女の子たち、と耳打ちする。

 ははっと笑う男子は頭の後ろをかいた。

「俺らはいつでも瑞穂チャンの味方だかんね」

「ふっ。言われなくても分かってますぅ」

「ほんとかあ? お前こそいい子もほどほどになー」

 デカい声で叫ぶ先輩を背に瑞穂はバイト先に向かった。


 水森市秋茜町の商店街裏をまっすぐに歩く瑞穂はその光景に思わず足をとめていた。バイトの新人が来ないと店長からの要請があったが、その前に一悶着ありそうだ。


 瑞穂は手を叩き、相手の注意を向けた。

 突然の音のせいで不快な顔で振り向く男。

「ちょっと! 彼女迷惑してるでしょ!?」

 そこには明らかなナンパ男に絡まれて困ってる大学生がいた。

 遭遇した現場にとっさに割り込んだ瑞穂は高らかに相手を非難する。

「なによ、なっさけないわね。女の子一人まともに口説けないわけぇ? さっさと退きなさいよ。その子、みたところ彼氏持ちっぽいよ。デートに遅れちゃうってさ」

「へ?」

「はああ? だったら先にいえよ」

 舌打ちした漢がどんっと彼女の肩を突き飛ばして逃げた。

 瑞穂は追いかけて文句を言ってやろうとするが、それを止めたのは絡まれていた女子大生だった。


「ごめんなさい!!」

「んん?」

 彼女はなぜか瑞穂に頭を下げた。

 お礼なら分かった。「助けてくれてありがとうございます」と頭を下げるならば瑞穂も困惑することはなかっただろう。

 だが目の前の女子大生は震えながら目尻をぬらしている。どういうことだと瑞穂の目は瞬いた。


「私、あなたのこと誤解してた」

「ええと、話がみえないんだけど……」

「ながらスマホしてぶつかったじゃないですか、私たち」

「え? あ、あー! ほんとだ、あのときの子だ!」

「はい。って、気づいてませんでしたか……。いえ、それはいいんです」

「いいんだ?」

 目が点になった瑞穂をおいて彼女は話す。

「正直、私から見ればあなたの印象は最悪だったんです」

「サイアク……」

 瑞穂は彼女の赤裸々な評価に顔が引きつった。

(いま、なにを告白されてるんだろう)

 瑞穂はさらに困惑した。

「食事の態度も悪いしマナーのなってない失礼な人だなって。きっとやな人だろうなって私、決めつけてて……ほんとうに、ごめんなさい!!」

「あ~~」

 うなり声をあげる瑞穂には思い当たる節しかなかった。

「その時はこっちもごめん。配慮足りてなかったし、私も謝り損ねてたし。ごめんね」

「いえ」

 そこで周囲の視線に自分たちが往来のど真ん中を占拠していたことに気づき、ふたりは慌てて道の脇へ寄った。


「ほんとは頼りになる人なんですね」

「そんなもんじゃないわよ」

 瑞穂は照れて笑った。

「第一印象なんて一面でしかないんですね……。みえてるものなんて結局表面的なもので……」

 彼女は何事かをつぶやいていた。

 食堂のことといい何かを抱えていそうな雰囲気だった。

「んー、まあ? ようは信頼が足りてないのよ、あたしたち。これから信頼を積み上げて仲良くなれる関係になりましょーよ、ね?」

 瞳をぬらす女子は瑞穂の手をおそるおそるとって返事をした。


 瑞穂は店長の頼みを突然思い出した。

「……しまった!! 新人ちゃん探さなきゃ! ここらで「コヒナタミチヨ」って人見なかった? もしくは知ってる……わけないか」

「え?」

「今日あたしのバイト先『福九郎ふくろう』に来る新人なんだ。たぶん迷子にでもなってるんだと思うけど。どこにいるんだか……」

 手を皿のようにして周囲を伺う瑞穂。

 すると申し訳無さそうに手を上げる彼女。

 その奇行に瑞穂はまた置いてけぼりになる。

 赤面しながら彼女は言った。

「それ私……です。私が、小日向道代、です……」

 消え入りそうな声が、瑞穂の耳に残った。


 その後瑞穂は道代と共にデリバリーピザのバイト先店長に謝罪した。シフトの時間は過ぎていたが店長は彼女らを心配していたことに苦言をいっただけで、遅刻にはウィンクをして目をつむった。


 店長に一緒に頭を下げていた瑞穂は目を合わせるとよかったーと安堵した。

 初めてのアルバイトだという道代は緊張でガッチガチになり、キッチン内でもまともに動けなかった。そのたびにすみませんすみませんと恐縮する彼女をみていられない瑞穂だったが。


 彼女はしきり反省していたが最初はそんなもんだよと瑞穂は力づけようと、バイト終わりに道代を呼び出した。

「はいこれ」

「アイスクリーム……?」

「先輩からのおごりよ」

「瑞穂ちゃん……」

「ね。これからもがんばりましょ」

「う、うん! 私、がんばる!」

「いいねー、その意気」

 感動しながらアイスクリームを食べる道代に瑞穂は内心ホっとしていた。通路の奥でグッドサインを出す店長以下店員たちからはそっと目をそらした。仕事はいいんですか先輩方と瑞穂は純粋に心配した。


 先に道代を見送ったあと店を出た。

 小高い商店街からは海に向かってゆっくりと潜る夕日がみえていた。飛び回るカラスの影が妙に哀愁をそそる光景であった。瑞穂は有名な曲を口ずさみながら自宅を目指した。

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