第23話 私の進む道

 小学校4年生の時、太陽に誘われて野球を始めた。

 当時から太陽に好意を抱いていた私は、フォームを真似したりと彼みたいになりたくて練習に励んだ。

 でも日が経つにつれて、現実というものに直面していった。

 彼はその圧倒的な才能で、私が追いつく暇もなく何歩も先を走っていった。

 私と太陽は性別も違えば体格も違う。

 そして、持ってる才能も違う。


 私は太陽にはなれない。

 

 だから私は私になった。

 太陽のような力強いストレートを投げるのを諦め、得意だった変化球を磨き続けた。

 フォームも出所の見づらい独特なものに変えて、打たせて取るピッチングをひたすら研究した。

 結果も出て、女子でありながら関西でも評判のピッチャーと呼ばれるようになった。

 太陽は太陽、私は私。

 憧れなんていらない。

 私は私の道を行く──!


 相手打者をセカンドゴロに打ち取って、私はベンチへと戻っていく。


 江波さん、あなたはこのままでいいの?

 私たち凡人は天才の真似事なんてせずに、自分で勝負するべきなんじゃない?

 この世界は結果が全て。

 勝つためには、捨てなければならないものだってあるんだよ。


 ***

 

 浅羽高校と東王高校女子野球部の練習試合。

 江波と七希の両投手の好投により5回の表が終わって0-0。

 女子野球は中々長打が出ない分ロースコアの試合になりがちらしいが、この試合に関しては両投手の能力が高いからこその0進行だろう。

 

「今のところ全くの互角って感じだなー」

「互角……か。俺にはそうは見えないな」


 俺の発言に対して隣で観戦している樺井がやや険しい表情を見せる。


「何でだよ。どっちも2塁すら踏ませないピッチングだぜ?」

「確かにそうだが、2人の表情を見てみろ」


 樺井に促されて江波と七希の顔を見比べてみる。

 まだまだ余裕だと言わんばかりに平然な顔をしている七希に対して、江波は肩で息をしている。


「江波だけ、やたらと消耗してるな……」

「ああ。桜庭は巧みな変化球で相手打者のバットの芯を外して打たせてとるピッチングだ。加えてコントロールも良く余計なボール球を出さないから球数が抑えられている。対して江波はストレートを主体に三振を取りにいく力投型だ。力を入れて投げる分コントロールがバラついて球数も多くなるし、消耗も激しい」

「こっからが正念場ってことか……」


 俺はここで黙って見ていることしかできないのか?

 何か出来ることは……


 ***


「ごめん葵……何とか援護してあげたかったんだけど……」


 打ち取られた千里ちゃんが申し訳なさそうにベンチに戻ってきた。


「大丈夫だよ、私が抑えるから」

「うん、でも今日葵は5回までだけど飛ばしすぎじゃない……? あと1イニング持ちそう……?」

「……平気だよ」


 5回の裏、私はツーアウトを取るもフォアボールとヒットでランナー2塁3塁のピンチ。

 やば……ちょっと……いや、かなりしんどくなってきたかも……

 でも迎える次のバッターは──


「ここで決めさせてもらうよ、江波さん」


 桜庭七希さん……!

 桜庭さんはバッティングも良く、今日はヒットを打たれている。


「どする? 1塁空いてるし歩かせるのもありだけど……」


 マウンドに駆け寄ってきた千里ちゃんに敬遠を提案された。


「ううん。ここは……この子だけには逃げたくないんだ」


 奥村くんならここは絶対勝負する。

 彼はそうやって勝ち続けてきた。

 ここで逃げたら、私は一生彼には追いつけない……!


 私は渾身のストレートを千里ちゃんのミットめがけて投げ込む。


「ストライク!」


 桜庭さんは見送ってストライク。

 よし、球はまだ走ってる!

 これならいける!

 そして2球目──


 カキーン。


 っ!?

 打球はレフト後方の大きなファール。

 凄い……女の子にあそこまで飛ばされたのは初めてだ。

 完全に私のストレートが捉えられてる。

 私にだってそれなりに経験はあるからわかる。

 今の球は次は打たれる。


 胸がドクンと鼓動を鳴らす。


 やばい……この子に私の球は通用しない。

 どうすれば……どうすれば……!


「江波ーーー!!!!」


 バックネット裏から大きな声がグラウンドに響き渡った。

 その声の主は……


「奥村くん……?」


 奥村くんが立ち上がって、私の名前を叫んでいた。


「江波! 楽しめ……! 野球を楽しめ!!!」


 楽しめ……?


「七希はマジですげえ選手だけどよ〜、そんなすげえ選手と闘えることを楽しもうぜ!!」

「ちょっと君! 静かにしててね!」

「さーせん!」


 球審に注意されて、大人しく座る奥村くん。


 楽しめか……

 そっか……奥村くんはピンチの場面は楽しんで投げてたんだ。

 だからこそリラックスできて、本来の自分、いやそれ以上の力を出すことが出来ていたんだ。

 見た目ばかり真似して、中身なんて考えたことなかったな。

 そうだ、野球を楽しもう。

 楽しかったことを思い出そう。

 奥村くんに教えてもらったあの日。

 教えてもらった投げ方で結果を出した日。

 私は自然と笑みを浮かべていた。


  ***


 笑ってる……この状況で……?


 江波さんの笑みを見て、肩に力が入る。


 太陽の楽しめの声で本当に楽しんでるの?

 いや……流石に単純すぎない?

 ピンチの場面で楽しむなんて、そんなのまるで昔の太陽──


 セットポジションから大きく足をあげる、絶妙なバランス感覚の綺麗な一本立ち。


「…………太陽?」


 ほんの一瞬、彼女の姿が太陽の姿に重なって見えた。

 違う……! 彼女は太陽じゃない……!

 太陽は2人もいらない……!


 そして投げ込まれるストレート。

 きた! さっきと同じ球!

 捉えた──


 と思ったはずのストレートは手元で浮き上がるようにノビた。

 そして、私のバットをかすめるとそのままキャッチャーミットに吸い込まれた。


 そんな……この浮き上がるようなストレートは今までの彼女の球じゃない……!


「ストライクっ! バッターアウト!」


 そっか……あくまでその道を進むんだね、葵ちゃん……!

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U-15野球日本代表のエースだけど高校でも嫌々野球やらされていたら、いつの間にか周りの美女たちに好かれてた ユキオ。 @yukiosan

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