第20話 再会

 今日からゴールデンウィーク。

 野球なんて忘れてゆっくり休もうと思っていたが、江波の練習試合を見届けるために俺は浅羽高校のグラウンドにやってきた。


 すでにグラウンドの整備を終えていた浅羽高校の女子野球部員たちは今は対戦相手が来るまでゆっくりしているようだ。


「おーくむーらくんっ! おはよっ」

「ああ、おはよう」


 そこから抜け出してきた江波が挨拶をしにやってきた。


「ほんとに来てくれた! ありがと! 嬉しい……」

「おー。俺に出来ることがあるかはわからんけど、応援してるから」

「うん! 奥村くんに負けないくらい、頑張って投げちゃうよー!」


 いつものように笑顔を見せているが、その表情は少し固く見えた。


「ちょっと緊張してる?」

「あ……あはは、やっぱわかっちゃうか。実は昔から緊張しいでさ……」

「練習試合とはいえ、Aチーム入りがかかった大事な試合なんだろ? そりゃ緊張するよ」

「奥村くんはシニアでの試合の時、表情が暗かったっていうか……ちょっと緊張してそうな顔だったのに投げてる球は凄かったよね」

「あー……あれは緊張じゃなくて、あの時は野球がちょっと嫌いになってた時期でさ……」


 本当は今も嫌いで仕方ないけど、一応俺のファン? だと思う江波の前では言わない方がいいな……


「そっかぁ……じゃあ普段あんまり緊張とかしないんだ。なんか緊張が和らぐ方法とかってあったりするの?」

「緊張が和らぐ方法か……」


 正直シニアの時は打たれまくったら辞める口実ができるんじゃないかと思って、打たれてもいいやって気持ちで投げてたから全く緊張しなかった。(まぁそのせいで、結果的に落ち着いて投げれて無双してしまってたから本松転倒なわけだけど)

 うーん、練習試合とはいえAチーム入りをかけた大事な試合で打たれてもいい気持ちで投げろって言うのもちょっと違うな。


「えっと、親指を握って深呼吸すると緊張が和らぐって聞いたことある気がするな」


 こんなあっさい方法しか言えなくてごめんな……


「そうなんだ! ありがと! 早速やってみるね」


 ギュッ。


 そう言って江波は俺の親指を握る。


「……あの、握るのは人のじゃなくて自分の親指なんだけど……」

「え……!? ご、ごめん! そっか、普通そうだよね……!?」


 江波は顔を赤く染めて、慌てて手を離す。

 前から思ってたけどこの子、もしかして天然なのか?


「何か、かえってドキドキしてきたよ……」

「も、もう一度試してみたら?」

「うん……」


 そして今度こそ江波は自分の右手の親指を握ってスーハーと深呼吸をした。

 

「うん! なんかリラックスできた気がするよ! 今度からも緊張したらやってみるよ!」


 迷信レベルのやり方だけど、江波には効果があったみたいでよかった。


 なんてやり取りをしていたら、対戦相手と思われる高校のユニフォーム姿の女子選手たちがゾロゾロとやってきた。


「あ、相手の子たち来たみたい」

「なんか大型バスでくると思ったけど、意外と電車とかで来るんだな」

「うん、東王高校は同じ県内でわりと近場だからね」

「東王高校か……」


 男子野球部は東王の名前に相応しい東日本No.1の実績を誇る名門校で神奈川の絶対王者。

 スカウトにも力を入れており、全国から選りすぐりのメンバーが集まっているらしい。

 実際この東王が最後までしつこく勧誘してきたんだよな……

 なんか100万円くらいの札束も持ち出されたこともあったけどあれって大丈夫なのか? 裏金ってやつじゃねえの?

 もちろん受け取らずに突き返したし、もう関わりたくもなかったから黙ってるけど。

  

「男子野球部が有名だけど、スポーツに力入れてるだけあって女子野球部も強いんだよね。ひょっとすると奥村くんたちも夏の大会で当たるかも」

「ど、どうだろ……そこまで勝ち進めればいいけど……」

「奥村くんがいればきっと大丈夫だよ! その時は、今度は私が応援いくから!」

「お、おー……」


 そろそろ辞めようと思ってるんだけど、この前の黒須学院戦での先輩たちの喜びようといい、なんかどんどん辞めづらくなってないか?

 この先どうすればいいんだ……

 なんて思っていると


「……あれ? 誰か1人こっち来てるよ?」


 江波に言われて、彼女の視線の先を見てみる。

 確かに東王高校の女子選手が1人、集団から外れて俺と江波の方へと向かってきていた。


「江波の知り合いか?」

「うーん……知らないなぁ。あんな綺麗な子、知り合いにいたら忘れないしなー」


 綺麗な子、と言われると男の性なのかつい顔を見てしまう。

 大人っぽい顔立ちで、江波がアイドルのような可愛い系ならあの子は清純派女優のような美人系だ。


 ……ん?


 徐々にその東王の子との距離が近くなっていくにつれて、顔がハッキリと見えてくる。


 見たことのある顔が──


「…………あれ、まさか」


 そして、その子はついに俺たちの目の前までやって来た。


「…………久しぶりだね、太陽」

 

 小学校のころに仲良くなって、一緒に野球をしていた幼馴染。


「…………七希?」


 桜庭七希との、4年ぶりの再会だった。


「ねぇ……奥村くん──」

「ねぇ……太陽──」

 

「「その子、誰?」」


 そして何だろうか、この胸のざわつく感じは。

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