第19話 胸騒ぎ

「野球部、県大会でベスト8までいったんだって」

「マジー? うちの野球部って結構強かったんだー!」

「噂によると、結構いいピッチャーがいるらしいぜ」

「もしかしたら甲子園? ってところにいっちゃうかも!?」


 春季大会が終わり、俺たち浅羽高校野球部はベスト8まで勝ち上がったことでちょっとした話題になっていた。

 

「確かうちのクラスにもいたよね、野球部」


 自分の席でボケーっとしている俺の耳にクラスメイトの会話が聞こえてくる。


「あぁ、あの陰キャトリオな」


 え……? それってもしかして俺たちのこと?


「なあ樺井、もしかして俺らってクラスで浮いてるのか?」

「今更気付いたのか。正直もう、取り返しのつかないところまできているぞ」


 後ろの席で静かに読書をしている樺井が、本に目を落としたままはっきり答える。


「僕は友達が2人もできたから、満足かなあ」


 前の席の宇和島がボソッと呟く。


「その2人って、俺たちのこと……だよな?」

「うん。トリオってまとめられるくらい仲が良いって思われてるんだよね?」

「そういう捉え方もあるのか」


 ここ1ヶ月、野球により精神的に追い詰められていた俺は休み時間に何もする気力が沸かずにほぼ寝て過ごしていた。

 そんな状況で友達なんてできるはずがなく、1人でいることを良しとする樺井、元来大人しい性格の宇和島と共に不名誉な呼ばれ方をされているらしい。

 俺がたまに話す相手もこの2人だけ……こいつらがいなかったらコミュニケーションの仕方を本気で忘れていたかもしれない。

 最初は絶対関わりたくないと思っていたが、今となってはこいつらがいてくれて良かったのかもしれない……


「あの陰キャトリオって試合出てんのかな」

「出てるわけないだろ、いかにも運動出来なそうじゃん」

「えー、じゃああの3人何もせずに甲子園いけるかもしれないってことー? なんかズルくなーい?」


 クソ……あいつら、俺らがどんだけ頑張ってるかも知らねえくせに好き勝手言いやがってよ。

 お前らがチャラついて遊んでる間にこっちは精神削りまくって野球してんだよ!

 もうちょっと褒めてくれてもいいだろ。


「ところで奥村、明日からの長期休みの練習予定だが──」

「さてと、トイレでもいきますか」


 樺井の言葉を遮り席を立つ俺。


 せっかくのゴールデンウィークなのに野球なんて勘弁。

 この長期休みで、俺はゲームやアニメで疲れ切った心身を癒すんだ。


「あ、奥村くーん!」


 すると廊下で江波に呼び止められた。


「聞いたよ! 春季大会ベスト8なんて凄いよ!」

「あー、ありがとう」


 うーん、この前のロッカー事件でのこともあってなんか話しにくいな。

 でも、江波はいつもと変わらない様子だ。

 意識してるのは俺だけか。

 

「本当は応援行きたかったんだけど、練習あったからさ。あー、奥村くんの投げてるところまた見たいなー」

「ま、まあまたいつか……な」

「うん! えへへー、楽しみにしとくね! でもね、その前に私のピッチングを見てほしいんだ」

「ピッチング? 今日の練習でか?」

「ううん。実は明日さ、浅羽高校のグラウンドで練習試合するんだけど、私先発で投げるんだ! まぁ、Bチーム同士の試合なんだけどね」

「そっか。あれ、浅羽のグラウンドでやるってことは明日俺らの練習は……」

「えっと……私たちが午前中にグラウンド使うから、奥村くんたちは午後から練習みたい」


 浅羽高校は男子野球部と女子野球部がグラウンドを共用している。

 そして女子野球部の方が実績が上なので優遇されており、女子野球部が練習試合を高校グラウンドで行っている間は、邪魔になってしまうため男子野球部は練習ができないということらしい。

 

「明日の結果次第で夏のベンチ入りメンバーに入れるかが大きく変わるんだ! でね、奥村くんに見にきてほしいんだ……奥村くんが近くにいてくれると気合いが入るっていうか……実力以上のピッチングができそうなんだ……」


 そういえばシニア時代、試合後の江波にアドバイスをしたことがあったっけか。

 たぶん今回も俺にピッチングを見せて、アドバイスを求めたいのだろう。

 せっかくのゴールデンウィークに野球なんて……と思っていたが、江波にはこの前のロッカー事件で申し訳ないことをしてしまった負目がある。


「あ……! だ、ダメならいいんだ! 全然無理しなくて大丈夫だから!」


 それにおそらく江波はプライドを捨てて俺にアドバイスを求めている。

 俺にできることがあれば、してあげたい。

 

「……わかった。明日、見に行くよ」

「ほ、ホント!? やったやった! ありがと!」


 江波は俺の手をギュッと握って満面の笑みで喜ぶ。


「明日の試合さ……県内のライバル校相手でね、かなりいい1年ピッチャーが投げるって聞いて不安だったけどいけそうな気がしてきたよ……!」

「そっか、まあ応援は任せてくれ」

「うん! 心強い!」

「……でも、そろそろ手は離さないか……?」

「あ……! ご、ごめん……!」


 自分から握っておいて、照れないでくれよ。


 ***


「明日の試合、先発投手は予定通り桜庭でいくぞ」

「はい!」


 監督に名前を呼ばれて、私──桜庭七希は大きく返事をした。

 明日は夏のベンチ入りに大きく関わるBチームの練習試合。

 相手は県内のライバル校……浅羽高校。

 いくら練習試合とはいえ負けたくはない。

 自分が全部投げ切るつもりでしっかりと準備しておこう。

 そういえば、浅羽高校って男子野球部に凄い1年ピッチャーがいるって前に電車で聞いたな。

 確か……奥原くんだっけ。

 明日は浅羽高校のグラウンドに行くから、もしかしたら見れるかも。

 同じ1年ピッチャーとして何か参考にできたらいいな。


「七希ー。浅羽高校の明日先発予定の江波って子、ネットに動画上がってるよ」


 チームメイトからスマホを向けられたので、画面を覗き込むとシニア時代の江波さんの投球映像が映し出されていた。


「あれ……このフォーム……」

「いいフォームだよね、無駄がなくて洗練されてるっていうか」

「う、うん」


 間違いない、会えなくてもネットで何度も見ていた太陽のフォームだ。

 偶然……だよね?

 何だろう。なんか妙な胸騒ぎがする。



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