第21話 一触即発

「ねぇ……奥村くん──」

「ねぇ……太陽──」

 

「「その子、誰?」」


 シニア時代に交流があり、現在は同じ高校に通っている江波葵。

 小学校の頃に野球を通して仲良くなり、久しぶりに再会した幼馴染の桜庭七希。

 美少女2人はお互いを品定めするかのようにじっと見合っている。


 な、なんだろうかこの妙な緊張感は…… 

 美少女2人に挟まれてるというのに重苦しいというか、息がつまりそうだ。

 と、とりあえず2人は初対面らしいから俺が紹介しなきゃ。


「えーっと、久しぶりだな七希……この子は江波葵。高校が一緒の友達ね」


 友達……って紹介したけどいいのか? 江波からしたら俺なんて知り合いの1人くらいにしか思ってないかもしれない……まぁいいか、少なくとも俺は江波のことを友達だと思ってるから。


「そ……ね……おけ」


 七希はさっきまでの強張った表情から、どこか余裕のある表情へと変わった。


「むぅ……そういう君は奥村くんの何かな?」


 すると今度は逆に江波の表情が強張る。


「私は【太陽】の幼馴染の桜庭七希。よろしくね、江波さん」


 何故か俺の名前の部分を強調していう七希。

 別にそこは重要じゃないと思うんだけど。


「ふ、ふーん……で、でもなんだよね?」

「ううん。すっっっっっごく仲の良かった幼馴染だもんね、太陽」


 そう言って七希は俺の腕に身体を寄せてきた。


「ま、まぁ……同じクラブチームで頑張ってたしな」


 七希はおとなしくて引っ込み思案なところがあったけど、一度心を許すとよく話すしこういったスキンシップもよくしてくる子だった。

 今も変わらない七希にどこか安心感を覚えると同時に、小学生の頃は気にもしてなかったけど高校生になった今やられるとさすがに恥ずかしいというか変に意識してしまう。


 ふにゅっと柔らかい感触が俺の腕へと伝わってきた。


 ここ数年、会わない間に成長しているっぽいから余計に。


「や、やめなよ……! 奥村くん嫌がってるよ……!」


 江波が慌てた様子で止めに入ってくる。

 そりゃそうか、大事な試合前にこんな気の抜けたもの見せられたら集中力が削られかねない。

 

「嫌なの……? 太陽」


 七希はさらに身体を押し付けて、上目遣いで俺を見上げる。

 可愛い……けど、こんなことで江波の邪魔をしたくない。

 

「嫌というか……せっかく久しぶりに会ったんだから、もうちょっとゆっくり再会を分かち合おうぜ。な?」


 そう言って俺は七希をゆっくりと引き離した。


「ちぇー……まっ、今回はこれくらいでいっか」


 七希はチラッと江波の方を見てそう呟いた。

 

「スーハー……落ち着け私……」


 再び集中力を高めるために深呼吸をする江波。


「そういえば、江波葵さんって今日の先発ピッチャーの子だよね?」

「えっ……あ、うん。そうだけど……」

「ってことは投げ合いだね。私も今日先発で投げるんだ」

「えっ、じゃあ桜庭さんが東王の期待の1年の子……?」


 東王高校って確か女子野球部も強豪って聞いたことあるな。

 そこで、1年から期待をされてるなんて


「七希、お前も頑張ってたんだな」

「うんっ、こう見えても関西では結構有名だったんだよ? 私が成長したのは胸だけじゃないってところ、太陽に見せてあげるから! しっかり応援してね!」

「あ、ああ……成長は見届けるよ。でも悪いけど応援はできない」

「ええー!? なんで!?」

「だって俺、もう江波を応援するって約束したから。今日だってそのために来てるからそれは曲げたくない」

「奥村くん……」


 七希を応援するということはつまり、江波と敵対するということになる。

 勝者と敗者が別れてしまう勝負ごとに、どっちも応援するというのは成り立たない。

 

「また別の試合の時は、ちゃんと応援するからさ」

「……ふふっ。そういう真っ直ぐなところ、ホント変わってないなー。そんな太陽だから……私は──」

「桜庭ー! そろそろアップ始めるよー!」


 グラウンドの方で東王の選手からの呼びかけが聞こえてきた。


「あ、はーい! 太陽、また後でねっ!」


 七希は小さく手を振りながら、その声の方へと駆けていく。


「さ……桜庭さん!!」


 そんな七希を江波が声を張って呼び止めた。


「私……負けないから……!」


 そして力強く、今日の試合への意気込みを宣言した。


「うんっ。私も、江波さんには負けたくないっ」


 どうやらお互いやる気は十分らしい。

 

 野球観戦なんて一生することはないと思ってたけど、この試合だけは最後まで見届けなければ……そんな思いが心の奥底で湧き上がってきた。


***


 奥原って奥村……太陽のことだったんだ。

 強豪の私立高校に進学してるのかなと思ってたけど、浅羽高校にいるなんてちょっと意外。

 でも、しばらく名前聞かなくて心配してたけど野球続けてくれてたんだ。よかった。

 それに映像ではよく見てたけど、実際会ってみると改めて感じる。

 昔よりも成長して、さらにかっこよくなって……やっぱ私、太陽のことが好き。


 ……気になるのは、あの江波葵ちゃん。

 あの様子からして絶対太陽のこと好きだよね。

 可愛い子だし、太陽がなびかないか心配だな……

 とにかくあの子には、野球でもその他のことでも負けたくない。

 まずはこの試合、太陽の前で投げ勝たないとね。


 ***


 桜庭七希さんか……

 まさか奥村くんにあんな美人な幼馴染がいたなんて、完全に油断してたや……

 あの様子からして、絶対奥村くんのこと狙ってるよね。

 下の名前を強調して読んだり、強めのスキンシップしたりして、明らかにマウントとってきてたし……

 でも平気だもん。私だって奥村くんと抱き合ったことあるし。

 とにかくあの子……野球でもそれ以外でも今後ライバルになる予感がするな。

 この試合、応援してくれてる奥村くんの前でいいところみせてなんとしてもリードしないと……!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る