第17話 まさかの結末
「よっしゃああああ!!!」
9回の表。
黒須学院の攻撃を0で抑えた俺は、意気揚々とベンチへと帰っていく。
9イニングを完封! これで俺の変態容疑も晴れて自由だ! よかったよかった!
「おい? 何をほっとしている?」
そんな俺の安心した様子を見て教師が声をかけてきた。
「やだなーもう、忘れたんですか? 無失点に抑えたら昨日の出来事はなかったことにしてくれるって言ったじゃないですかー。あっはっは」
「お前こそ忘れてないか? 私は無失点に抑えて勝てと言ったんだぞ」
え……?
「今のスコアを見てみろ」
教師に促されて電光掲示板に目をやると表示されているただいまのスコアは0-0。
しっ、しまったああああああ!!!!
とにかく無失点に抑えることに必死でこっちの得点なんて全く気にしていなかった!
そうだった! 野球は0で抑えても点を取らなきゃ勝てないんだ!
やばい……流石にもう体力がもたない。延長までいったら確実に打たれる。
この9回の裏で何としてもサヨナラ勝ちしねえと!
しかし、ランナーが出ないままツーアウト。
『5番 ピッチャー 奥村くん』
クソ……! こうなりゃ俺がホームラン打って決めるしかねえ!
と、打ち気満々で打席に入るが厳しいコースを攻められる。
今日の試合、俺や樺井は徹底マークされてて際どいところを責められたり、勝負を避けられてるんだよな……
やはりこの打席も勝負を避けられてフォアボールとなり俺は1塁へ。
選手層でいえば相手の方が圧倒的に上。
相手からすればここで俺と勝負して一発を打たれるよりは、ツーアウトだから俺を歩かせて下位打線を抑え、延長で試合を決める方が理に適っている。
クソ……このままだとマジで高校生活が終わっちまう!!
もう下位打線に託すしかない!
次のバッターは誰だ!
『6番 ファースト
いや本当に誰だ!?
なんかやたらと男前な人が出てきたけど、いけんのか!?
全然練習に参加してなかったからこの人の実力がわからん!
でもこれまでの試合で特に目立ったところがなかったと思うから期待できないかも……
と、とにかくエラーでも何でもいいから次に繋げてくれ──
カキーン。
えっ?
打球は左中間を深々と突き破っていった……!?
よ、よくわからんけど走れえええええ!!!
俺は全速力で二塁ベース、そして──
こんなチャンスはもう無い……!
ここで立ち止まったら俺は絶対後悔する!
三塁ベースも迷いなく回った。
「あ、あいつ足も速ぇのかよ!!」
「うわあああああ止めろおおおおおお!!!」
「刺せえええええ小清水うううううう!!!」
三塁側の黒須学院のベンチからは悲鳴に近い叫び声が聞こえてきた。
「こんなとこで負けられるかよ……! 俺の肩を見せてやる!」
外野からの返球を受け取ったショートから、矢のような送球がホームへと放たれる。
負けらない気持ちは俺も同じだ……!
この目の前の得点、死ぬ気で掴み取ってやる!
「いけ!! 奥村!!!」
一瞬目に入ったのは、珍しく真剣な顔で声を張り上げる教師。
うおおおおおおおおおお!!!!
俺は渾身のヘッドスライディングでホームベースへと手を伸ばした。
舞い上がる砂煙、一瞬の静寂に包まれる球場。
ホームクロスプレーの結果は──
「セーフ!!!」
球審は腕を大きく横に広げてセーフのジャッジ。
「うおおおおお勝ったああああああ!!!」
「サヨナラだああああああああああ!!!」
「よくやったぞ入来!!!」
小規模ながら、大盛り上がりの浅羽高校側の応援席。
そして、浅羽高校の部員たちが喜びの声をあげながら一斉にベンチから飛び出してきて、サヨナラタイムリーを打った入来さんの元へと駆け寄っていく。
勝った……無失点で……!
これで俺の冤罪も晴れたんだ……!
ありがとう入来さん! 俺の恩人だよ入来さん!
……でも、誰か1人くらいは俺の方に来てくれても良くない?
俺も結構頑張ったよ?
まあ普段練習してないし、他の部員とのコミュニケーションも取ってないから嫌われてるだろうし、しょうがないか……
寝転んだまま空を見上げてそんな事を思っていると、俺の元へ駆け寄ってくる人がいた。
「奥村くん……!」
あ、スコアラーやってるいつも無表情なマネージャーさんだ。
「あ……あの……凄いです……! 今日勝てたのは奥村くんのおかげです……! 本当に、本当に……か、かっこよかったです!!」
うっすらと目に涙を浮かべながら、俺の手をギュッと握るマネージャーさん。
確か……藤江さんだっけ……?
何気にこの人の声、初めて聞いたかもしれない。
あとこんな嬉しそうな顔も初めて見た。
なんか顔も赤いし。
その後、整列して黒須学院の選手たちと握手を交わす。
「おい、奥村太陽」
その際に4番のイケメンが話しかけてきた。
「まだ勝負はついちゃいない……次は夏、甲子園を賭けて戦おう。その時はもちろん、俺が勝たせてもらうからね」
「え? あ……はい……」
爽やかな顔でそんなこと言うもんだから、思わず返事をしてしまった。
夏の大会なんて、出る気は微塵もないのに。
「奥村、ナイスピッチングだ。お前ならできると信じていたよ」
ベンチで道具を片付けていると教師が声をかけてきた。
「今回もあんたの手のひらの上で転がされたけど、これで昨日の話は全部チャラだよな! 今後もあのネタでゆすろうとしてきたら、本気で不機嫌になるぞ!」
「あぁ、綺麗サッパリ忘れるよ……まぁ元々点を取られようが言いふらすつもりなんてなかったけどな」
「え……?」
「あの条件ならお前も本気を出してくれると思ったんだ。すまなかったな試すようなマネをして」
え? え? じゃあ俺は一体何のためにここまで頑張ったの……?
心身共に疲れ切っただけで、結局頑張ったって何の意味もなかったってことかよ……
だから、野球なんて大嫌いなんだ。
「でも、得られるものもあったんじゃないか?」
教師が優しく微笑みかけてくる。
何だよそれ……野球で得られるものなんてあるわけが……と思っていたら──
「奥村! やっぱお前はすげえよ!!」
「間違いなく今日のヒーローはお前だぞ!」
「お前の球打ってみてえからいい加減練習参加しろって!」
「みんなお前が練習来るの、ずっと待ってんだぜ!」
「とりあえず、胴上げでもすっか!」
部員たちが次々と俺に声をかけてきた。
「えっ、いや、何すか急に……!」
予想外のことに困惑する俺。
もしかしてあの教師、俺に活躍させることでチームに馴染ませようとしてあんな条件を出してきたのか……?
たくっ、お節介な……野球なんてもうやるつもりはないのに、余計なことしなくていいんだよ。
「…………」
野球は今でも大嫌いだし、やりたくない。
でも何だろうか。
野球をした後だというのに……嫌な気はしない。
不思議な気持ちだ。
***
「奥村……太陽くんかぁ……」
小清水さん目当てで見に来てみたけど、とんだ掘り出し物見つけちゃったなぁ。
しかも私と同じでまだ1年って、将来有望すぎない?
ふふっ……きーめたっ。
「おい見ろよ……あの子めっちゃ可愛くね?」
「うわっマジだ……あれ、てかあの子確かモデルの……」
私の彼氏にしてあげよっと。
すぐに会いに行くから、待っててね……太陽くん。
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