第16話 格付け
VS黒須学院。
俺──樺井 次郎の策略は1週間前から始まっていた。
1週間前の横矢木高校戦。
試合前に観戦席に目をやると、カメラを回している者が目に入った。
あの制服は確か黒須学院か……順当にいけば3回戦で当たる強豪校。
そしてあれが噂のデータ班か。
やはり相手が無名校だろうが、しっかり映像を撮って対策するようだな。
ならばこちらも策をうたせてもらおう。
「奥村、少しいいか?」
ブルペンでの投球練習中、俺は奥村へと話しかけた。
今日の奥村は何があったのかは知らないがいつになく真剣な顔をしている。
この様子なら俺の話にも耳を傾けてくれるだろう。
「今日の試合、状況にもよるが6回から手を抜いて投げてくれないか? 横矢木高校相手なら8割程度でも十分抑えられるはずだ」
「おう? 何でだよ」
「3回戦で当たるだろう黒須学院のデータ班が来ている。奴らにお前がスタミナ不足だと誤認させたい」
「それになんの意味があんの?」
「お前がスタミナ不足だと知ったら、黒須学院はそれに応じた対策をしてくるはずだ。おそらく前半は様子見で後半勝負……といったところだろう」
「でも実際はこっちが後半勝負ってわけね」
「そういうことだ。だが露骨に手を抜くと勘付かれるからわかる奴にはわかるギリギリのレベルで抜いてくれ。あたかも疲れて落ちたかのようにな」
「めんどくせー……まぁいいけどその黒須学院とやらの試合、俺は行くか分からないぞ。いや、おそらく行かない」
「そこは……期待するしかないな。お前は俺のデータですら計り知れない男だからな。それとあの球も今回は使わずにいくぞ。黒須学院戦にとっておきたい」
……というやり取りがあり黒須学院戦。
現在7回表でスコアは0-0。
思った通り、奴らは前半は打ちにこず球を見ることに徹していた。
見る目のある奴が横矢木高校戦後半の奥村の微妙な変化を見抜いて策をうったのだろう。
だが奴らは気づいていない。
奥村の1番優れているところは145キロのストレートでも、切れ味抜群の変化球でも、精密機械のようなコントロールでもなく……無尽蔵のスタミナだということに。(これでもシニア時代より落ちているとは思うが)
たった1試合のデータで満足せずに、シニア時代のデータも調べておくべきだったな。
そして奥村には、まだお前たちが知らない切り札がある。
「お、おいおい……まさか俺らがこんなとこで負ける……?」
「流石にそれは……」
「でもあの1年の球見てると……」
「だ、大丈夫だよね……次小清水くんだし……」
試合前にあれだけ威勢のよかった黒須学院の応援席が不安で静まり返っているな。
さて……足もとすくわさせてもらうぞ、準優勝校。
***
『4番 ショート 小清水くん』
場内アナウンスと共に俺は本日3回目のバッターボックスへと向かう。
奥村の球数はすでに90球を超えているが、一向に落ちる気配はない。
どうやら俺はこのピッチャーを甘く見すぎていたかもしれないね。
認めてあげるよ奥村太陽、君は俺に限りなく近い【格】の持ち主だ。
でもね、勝負はこれから。
そして、すぐに終わる……この俺の打席で。
もう君の球はじっくり見させてもらったからね。
前の2打席目ではライトライナーでアウトになったが、しっかり捉えることができた。
この打席で仕留めさせてもらう。
そして、初球……カーブを引っ張ってライト線へファール。
違う、この球じゃない。
そして、2球目……スライダーを流し打ちでレフト線へファール。
この球でもない。
その後も変化球が続くがしっかり見極めてカウントは2ストライク2ボール。
もう変化球は俺には通用しないよ。
ストレートを投げるしかないんじゃないか?
俺の狙い球であるストレートを。
そしたら、スタンドに運んであげるよ。
そして奥村太陽が振りかぶって次の球を投じた。
………来た! この軌道はストレートだ!
1年バッテリー、ここまでよくやったと褒めてあげるよ。
でも最後の最後に詰めを誤ったね。
残念だけど、これで終わりだ。
さあ、無様を晒せ──
スゥー……
……え?
ボールが止まった……?
ま、まさかこれは──
完全にストレートだと思って振りにいった俺のバットはタイミングを外され無情にも空を切った。
その勢いのまま片膝を地面へつく。
チェ……チェンジアップ……?
バカな、そんなボール投げるなんて情報どこにも……いや、完全にストレートの軌道からボールが止まったかと錯覚するほどしっかりブレーキがかかって落ちる。
こんなチェンジアップ、たとえわかっていたとしても……
「ストライク! バッターアウト!」
奥村太陽……この男、はっきり言って格が違う……!
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