第15話 何かがおかしい

 世の中には2種類の人間しかいない。

 俺と、俺以外の2種類しかね。

 俺──小清水 翔は神に愛された人間だ。

 アイドルグループ顔負けのルックス、親が大企業の社長で超金持ち、おまけに野球がめちゃくちゃ上手い。必然的にモテる。

 こんな神に三物も四物も与えられた人間が他にいますかって話。

 高校での周りの連中、街中ですれ違う奴ら、それら全員俺より劣ってんだろうなぁって思うとまあ気分がいいね。

 俺にとっては出会う人間全てが格下。

 全員等しく有象無象。

 脇役にすらなれないモブなんだよ。

 もちろん君だってモブ。

 そうだろ? 1年投手くん。


『4番 ショート 小清水くん』

「「「キャーーー小清水くーーーん!!!」」」


 場内アナウンスと頭の悪そうな女の子たちの黄色い歓声が響く中、左打席に入った俺はマウンドに立つ噂のスーパールーキーくんと対峙する。

 1回の表、2番バッターがポテンヒットを打ち次の打者がランナーを2塁に進めて4番の俺の打席。

 早くもピンチじゃないか1年投手。

 ここは1塁が空いているからビビって敬遠してくるかねぇ……と思ったが、どうやら勝負してくるようだ。

 入部したての1年生とはいえ俺のことを知らない訳がなかろうに、どうやら相当自分の球に自信があるみたいだね。

 初戦で横矢木高校なんていうショボイ相手にノーヒットノーランやっちゃったもんだから勘違いしているんだろうね。

 U-15のエースだったらしいけど、そんな肩書き俺には通用しないよ?

 高校野球……いや、この俺の厳しさを教えてあげるよ。

 

 そして俺は粘って彼にストレート、スライダー、カーブの全ての球種を投げさせてカウントは2ストライク3ボール。

 

 へぇ……中々手強いね、モブにしてはだけど。

 でも君のボールはもう全て見切ったよ。

 次で仕留めさせてもらうね。


 そして、次のボールは──アウトコースのボール球か。

 結局勝負から逃げたってわけね、つまらないな。

 俺はしっかりと見極めて、一塁へ歩きかけたが


「ストライク! バッターアウト!」


 球審からはストライクのコール……だって?

 いや、確かに微妙なコースだがボール1つ分外に外れている。

 もしかしてこのキャッチャー、今日の球審が外を広めに取るとわかってこのコースに要求したのか? まだ1回だぞ?

 それにこのピッチャー、そこに寸分の狂いもなく投げ込んだ?

 いや、まさかね……たまたまだ。

 真っ向勝負を避けようと外に逃げたらたまたまストライクをとってくれただけだ。

 それにそんなハイペースで投げ込んでると後半必ずバテてくる。

 球数は投げさせれたし、こっちは最初はなから後半勝負なんだよ。

 つまり黒須学院のペースだ。

 今のうちにいい気になっておくがいいよ……その分、打ちのめされた時の絶望感は計り知れないからさ。

 

 ***

 

だな、奥村」


 相手の4番を三振にとり、ベンチに戻った俺に樺井が声をかけてきた。


「ああ、樺井、お前の言った通り相手は前半はじっくりボールを見て後半勝負みたいだな」

「そこで後半……あの4番の3打席目からは例のボールを解禁するぞ。一番良い打者に使ってこそ、効果があるからな」

「了解。あの4番、女子からの声援でかくてイケすかない感じするしな。まあ、それはいいとして、お前今の最後の構えたところボールだったぞ。たまたま球審が外を広く取るから助かったけど」

「たまたまではないさ」

「え?」

「審判といえども人間だ。それぞれの審判によって【癖】というものがある。俺は神奈川県内の審判がどのコースを広く取るか、狭く取るかを全て研究して把握しているからな。今日の球審が外を広く取ることは試合前に球審の名前が発表された時点で分かっていた」

「お、おう。ま、まあ頑張ってるみたいだな……」


 ***


「一体何がどうなってるんだ……?」


 試合は7回の表でスコアは0-0の同点。

 ここまで黒須学院うちがしっかりボールを見る待球作戦によりあの1年投手の球数は90球を超えた。


 それなのに何故──


「ストライク! バッターアウト!」


 何故球威が落ちない?


 横矢木高校戦では70球を超えてから確かに球速もキレも落ちていたはず。

 あの試合から1週間しかたってないのに、人間そんな短期間で体力が向上するはずがない。

 おかしい、おかしすぎる。


 ネクストバッターズサークルから彼を睨んでいるもが合いニヤリと笑いかけてきた。


 なんなんだよお前は……!


「おい小清水、あのピッチャー全然スタミナ落ちてないぞ……お前の言う通り前半は打ちにいかずに球数投げさせてたのにこれじゃあ意味ねえだろ……」

「うるさいな!! ちょっと黙っててくれ!!」


 三振した前の打者に作戦が上手くいっていないことを指摘されて、俺は思わず声を荒げた。


 そんなこといちいち言われなくたってわかってるよ!

 だったら打てばいいだけの話だろ!?

 どいつもこいつも毎回俺に頼ってないで、ちょっとは頭使ったらどうなんだ!

 そんなんだからいつまでたっても東王に勝てないんだよ!

 結局本気で東王に勝とうと思ってるのは俺だけなのかよ!

 俺にとって野球なんて自分の価値を証明するためのステータスの1つに過ぎない。

 でも、だからこそ負けるわけにはいかないんだ。

 負けたら俺の価値がなくなってしまうから。

 俺は去年の夏の決勝で東王に負けてから心を入れ替えて、6股から3股に切り替えて女の子遊びも抑え真摯に野球に向き合ってきた。

 春の大会だろうがなんだろうが東王に勝って去年の雪辱を晴らさなきゃならないんだ。

 こんな無名の弱小校に負けてたまるかよ。

 だから──


『4番 ショート 小清水くん』


 俺の邪魔をするなよ……奥村太陽!


 

 


 

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