第14話 黒須学院


 こんにちは、浅羽高校野球部マネージャーの藤江芽衣子です。

 春季県大会もいよいよ大一番。

 明日の3回戦に勝てば準々決勝に進出し、夏の県大会でシード権を獲得できます。

 何としても勝たなければなりません!


 しかし相手は……去年の夏の県大会で準優勝の強豪、黒須くろす学院高校。

 部員数はなんと100人を超え、プロのスカウトが注目する選手も擁している優勝候補です。

 はっきり言って去年までのうちでは全く歯が立ちません。

 ですが……ふふん、今年の浅羽高校は一味、いや、二味は違いますよ?

 なんと謎の即戦力新入生が3人も入部しましたから!

 強肩強打でデータ分析も得意なキャッチャー、樺井くん。

 俊足好守でセンス抜群のショート、宇和島くん。

 そして1番凄いのが、横矢木高校戦で最速146キロをマークしノーヒットノーランを達成した奥村くん!

 バッティングも非凡なものがあり、彼がいれば何とかしてくれる……そんな期待をしてしまう選手です。

 顔つきもよく見るとかっこいいですし……最近は何故か彼のことばかり考えてしまいます……

 と、とにかく、そんな今年のチームなら黒須学院相手でも大丈……


「ち、違うんですよ! 聞いてください先生!」


 !?


 練習も終わり帰宅しようとしていたところ、奥村くんの声が聞こえたので振り返って見ると……


「何が違うんだ? 更衣室としても使用している女子野球部の部室に侵入しといて。それに逃げていく女子野球部員2人も見たぞ。いかがわしいことでもしようとしていたんだろ?」

「だから、俺はロッカーの中に潜んでいただけで……!」

「余計だめだろそれ」

「あああああ! 誤解なんだあああああああああ!!!!!」


 奥村くんが舞原監督に首根っこを掴まれて引きずられています……

 ほ、本当に明日は大丈夫ですよね……?


***


「さて、どうしたものかな奥村」


 職員室まで連れてこられた俺は今、鬼教師の前で正座をさせられていた。

 正直何を言ってももう無駄、まるで痴漢の冤罪を着せられたかのような気分だ。


「ど、どうか寛大な判決を……」


 俺のすがるような願いを聞いて、教師がにやりと笑みを浮かべた。


「私も鬼ではない。普通なら停学処分ものだがお前の活躍に免じて不問にしてやってもいい」

「ほ、本当ですか! ありがとうございます!! じゃあ、失礼しま──」

「ただし、条件がある」

「ですよね!」


 やっぱりそうなるよな。嫌な予感しかしない。


「明日の3回戦、黒須学院との試合、無失点に抑えて勝て」

「え?」


 試合に出ろまでは覚悟してたけど、無失点に抑えろ? それって完封しろってこと? てか、そもそも明日試合あったの?


「い、嫌だと言ったら?」

「3年間、変態扱いされる学校生活を送ることになるだろうな」


 そ、そんな……ぼっちまでならまだ受け入れられるけど変態の汚名を着せられ忌み嫌われるのは絶対に嫌だ。いじめられたくない。

 そうなるともう……


「わかりました……完封します……」

「ふふふ、そう言ってくれると思ったよ。期待しているぞ奥村」


 教師がポンポンと俺の頭を撫でてくる。

 畜生……ちょっと美人だからって何しても許されると思いやがって。


 ***


「次の3回戦、浅羽高校はおそらく初戦でノーノーをやったこの1年生が先発でくるだろうな」


 黒須学院高校、ミーティング室。

 野球部の一軍メンバーは監督を中心に初戦の浅羽高校戦の奥村太陽のピッチング映像を確認していた。

 黒須学院には部員数が多い故にデータ班も存在し、徹底的に相手投手の研究を行うことでも知られているので、次戦の相手が無名の弱小だろうとそれを怠ることはない。


「噂のスーパールーキー、やっぱいい球投げるな」

「球速に注目がいくが、厄介なのはスライダーだな。ストレートと腕の振りがほとんど同じだから見極めるのに手こずりそうだ」

「カーブもボール球かと思ったら曲がりが大きいからストライクゾーンに入ってくるな」

「低めはストライクだろうと思い切って捨てますか。ベルトから上のストレートを叩きましょう」

「お前はどう思う……? 小清水こしみず


 部員100名を超える強豪黒須学院で4番を務め、U-18日本代表候補にも名前が挙がるプロ注目のスラッガー、小清水 しょうにチームメイトからの視線が集まる。


「うーーーん。確かに凄いっすねぇ……1年にしては、ね」


 手を頭の後ろで組んで、余裕の笑みを見せる小清水。


「こいつ、ブランクがあるのか知らないすけどスタミナないっすよ。6、7回と球威落ちてるんで」

「まじ? 映像だといまいち分かんねえんだけど」


 小清水の指摘にピンとこない他部員たち。

 しかし小清水は奥村太陽のピッチングの僅かな違和感を感じ取る【眼】を持ち合わせていた。

 強者故の眼を。


「60球超えたくらいかな、変化球のキレも落ちてきてるし。前半粘って球数稼いで後半勝負でいいんじゃないすか監督」

「なるほどな。よし、明日は2順目までは球筋をしっかり見ていこう。無名の高校だろうと決して油断するなよ」

「「「はいっ!」」」


 威勢のいい返事がミーティング室に響き渡る。


「スーパールーキーねえ……天狗になってるかもしれないけど、全国には君程度の奴はゴロゴロいるってことを教えてあげますか」


 小清水は指をポキポキと鳴らしてそう呟いた。


 ***


 黒須学院との試合当日。


「浅羽高校おおおおおファイトおおおおおお!!!!!!!!」

「「「……………………」」」


 アップを済ませて、ベンチ前で俺は皆んなに円陣を組ませ、掛け声をあげたが誰1人反応しなかった。


「あれ? どうしたんですか皆さん?」

「お前がどうしたんだよ!?」


 俺の問いかけに吾郷先輩からツッコミが入った。

 

「今日勝てばベスト8! 無失点で勝つと夏のシード権もらえるらしいんで絶対に無失点で勝ちましょう!」

「いや、無失点じゃなくても勝ちゃあシードもらえるだろ……」

「うっ……君もようやく我が野球部の一員としてやる気を出してくれたか……」


 困惑する吾郷先輩と、何故か涙を流して感動しているキャプテンらしき人。

 

「てなわけで、もう一度気合い入れて掛け声──」

「「「くろーーす学院!!!!!!」」」


バンバンバババン!!


 俺の声は突如球場全体に響き渡った野太い声とブラスバンドの音にかき消された。

 う、うるせー、一体なんなんだあ?


「「「くろーーす学院!!!!!!」」」


バンバンバババン!!


 三塁側スタンドの方を見ると大応援団と吹奏楽団が選手たちに声援を送っていた。


「春季大会なのにまるで甲子園みてえなすげえ応援だな……さすが金持ち私学……」


 あまりの迫力に吾郷先輩もあっけに取られているようだ。


「「「くろーーす学院!!!!!!」」」


バンバンバババン!!


「相手1年ピッチャーだぞ! ちびらせてやれ!」

「東王以外は敵じゃねえんだから力抜いてけよ!」

「相手ベンチビビってるぞ!」

「力の差見せつけろ!!」

「キャーーー小清水くーん!! 全打席ホームラン打って〜〜〜!!」


 試合前から大盛り上がりだな……

 どうやらこの試合、完全アウェイみたいだ。


「わかってるな……奥村」


 教師から肩を叩かれる。


「へいへい」


 俺は屈伸を2回して、ポンっと左手でグローブを軽く叩く。


「こいつら全員黙らしちまえば、俺の変態容疑も晴れるってことか」


 そして、いよいよ俺の高校生活をかけた戦いが始まる。

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