第13話 夕暮れ騒動

 放課後の夕暮れ。

 生徒たちが部活に遊びにと青春を謳歌している最中──俺は狭い暗闇の中で1人ほくそ笑んでいた。


 くくく……まさかあの鬼教師は思ってもいないだろうな。

 この野球嫌いの俺が……


 野球部の部室ロッカーに隠れているなんて!!!!!


 そう、今俺はグラウンドのすぐそこにある男子野球部の部室に設置されているロッカーの中で息を潜めていた。

 練習に参加したくないのならできる限りグラウンドから離れた場所に身を潜めるだろう……という読みを利用した心理トリック。

 灯台下暗しというやつだ。

 今頃あの鬼教師は俺を練習に参加させるために必死になって俺を探しているだろう。

 だが俺のことをよく知っているあんただからこそ、この場所は盲点なのさ。


 しかしまあ、野球部の部室にはほとんど入ったことがないから知らなかったが、うちの野球部室って結構綺麗にしてるんだな。

 男子野球部なんてきったなくてエロ本の1冊でも落ちてそうなイメージだったが。

 それにこのたまたま空いていたロッカー、きちんと整頓されてるしなんかいい匂いもする。

 おかげでここに身を潜めて2時間……あまり苦にすることなく過ごすことができた。


 さて、そろそろ練習が終わる頃だろう。

 部員たちに見つかって密告される前に退散するとしますか。


 ……と、俺がロッカーから出ようとした瞬間誰かが部室に入ってくる気配を感じたので再び息を潜める。


 まずいな……予想より早く練習が終わったのか?

 だが、入ってきたのは足音からして1人だからとりあえずこいつをやり過ごせばなんとかなるだろう。


「いてて、張り切りすぎて手擦りむいちゃったなあ。絆創膏絆創膏と……」


 ……………………へ?


 ロッカーの扉超しでも、ハッキリとわかる女子の声が聞こえてきた。


 あれ? おかしくね? なんで男子野球部の部室に女子が入ってくるの? まさか変態? 下着か何かでも漁りにきたのか? てか、今の声どっかで聞いたことあるくね?


「あれっ? あちゃー、また鍵閉め忘れちゃってたや」


 俺の頭の中に疑問が駆け巡る中、その言葉と共に突然俺の(?)ロッカーの扉が開かれた。


「「……………………え」」


 そして、その女子──


「奥村くん……?」

「江波……?」

 

 江波葵と思いっきり目が合った。


「ってえええええええええ!?!!?!何でここに奥村くんが!?!!?!」


 彼女の驚きの声が部室内に響き渡った。


「そ、それはこっちのセリフだ! なんで男子野球部の部室に江波がいるんだ!?」


 まさかこの子が変態やらそんな類とは思えない……でも人は見かけによらないって言うし……


「な、何でって! ここ女子野球部の部室だよ!?」

「へ?」


 ま、まさか、俺の方が間違えたのか?

 そういえばあの教師の目を欺くのに必死で『野球部室』って文字しかしっかり確認してなかったわ……まさかその前に『女子』がついていたとは。普段部室なんて全然来てなくて場所があやふやだったが、それが仇になるなんて!


「し、しかもそこ……私のロッカー……」


 なに!? それじゃあまるで俺が江波のロッカーにいかがわしい目的で忍び込んだ変態みたいじゃねえか! ここは誤解を解かねえと! でも野球が嫌いで練習から逃げるために隠れてた、なんて正直に言うと俺に野球を続けてほしいであろうこいつはまたショックを受けるだろうし……でも、とにかく誤魔化さないとまずい!


「い、いや。実は、今朝テレビでやってた占いのラッキースポットが江波葵のロッカーだったんだよ。だから、いいことが起こるんじゃないかと思って潜んでただけで、決して変な誤解はしないでね?」

「ええ!? そうだったの!?」


 よし、我ながらうまく誤魔化せたみたいだ。


「じゃ、そういうわけだから……」


 と俺がロッカーから出ようとしたら。


「は〜、今日もキツかった〜」

「早くシャワー浴びたーい」

「ねね、帰りどっか寄ってこうよー」


「「!?」」


 おそらく女子野球部であろう数人の女子たちの声が部室に近づいてきた。


「や、やば! 練習終わった先輩たちだ! どどどどどうしよう奥村くん!?」

「と、とりあえず俺はしばらくここで隠れるから江波は……」


 と俺が言い終わる前に、女子部員たちが部室に入ってきた……と同時に江波がロッカー内に飛び込んできた!?


「(なななな何してんだ!?)」

「(ごめんなさいいいこめんなさいいいい!! 頭真っ白になっちゃってえ!)」


 これじゃあ余計出るに出られねえ!


 そして、布の擦れる音がロッカー越しに聞こえてくる。

 どうやら女子野球部の先輩たちが着替えをしているようだ。

 やはりこの部室は着替えとしても使われているらしいから見つかったらアウト!


「(と、とにかく物音立てないようにじっとしててくれ……)」

「(う……うん)」

 

 暗く狭いロッカー内。

 必然的に俺と江波は向かい合って密着した状態となる。

 江波も身長は高めだから、暗くてよく見えないがお互いの顔がかなり近い距離にあるのがわかった。

 そしてバランスを崩さないようにギュッとお互いの肩を掴んでいる状態。

 江波の息づかいと体温が伝わってくるのがわかった。

 不可抗力とはいえ、流石にこれは申し訳ないな……

 しかし、無理して離れると物音で気づかれてしまうかもしれない。

 すまない江波、嫌かもしれないが今は我慢してくれ……!


 ***


 正直めちゃくちゃ嬉しいんだけど……!


 私はこんな状況なのに心の中で思わずガッツポーズしていた。


 ホントに頭がパニックになってこうなってしまったわけだけど、結果オーライ……?

 まさか奥村くんにギュッとしてもらえる日がくるなんて……

 顔にやけちゃってるけど、暗いからバレてないよね……?


 ……でも冷静に考えると喜んでる場合じゃないよ!

 こんな至近距離で心臓の音やばい、絶対聞こえてる……

 それに練習で汗かいてるし絶対臭いって思われてるし奥村くん嫌がってるよね……

 ああああどどどどうしよ! そう考えると早く離れないとって気持ちが急に! 

 あああ自分でも感情がぐちゃぐちゃで何がしたいのかわからなくなってきたよ!

 あ、やば。なんか埃が鼻に入って鼻ムズムズしてきた……


「(奥村くん……や、やばい。くしゃみでそう)」

「(ええ!?)」

「は……は……」

「(くそ! どうすれば……!)」


 そしてくしゃみが出そうになった瞬間……私は奥村くんに、顔を胸にうずめるような形で抱き寄せられた。


「んっく……!?」


 そのおかげでくしゃみの音は押し殺せたけどこの状況やばいやばいやばい!!!! いや、凄い嬉しいけど恥ずかしすぎて死んじゃうって!!

 でもこんなこともう二度とないよね……

 そう思った私は自然と奥村くんの背中に腕をまわして抱き合うような形をとっていた……


「(ちょ、ちょっと!)」

「(あ……ご、ごめん! ば、バランス崩れそうになって……)」


 あああやってしまった……!

 絶対ドン引きされたよ……


 ***


 江波に抱きつかれた。

 バランスが崩れそうになったとはいえ流石にこれはまずくないか?

 まあ、くしゃみの音を出させないために俺が無理やり引き寄せたのが原因だけど……

 江波の身体の感触が否が応でも全身に伝わってくる。

 野球部だからしっかり鍛えてるのか筋肉質だが、やっぱり女子なだけあってどこか柔らかさもある。

 それに練習で汗かいてるはずなのに汗臭さを全く感じない。

 女子ってすげーな……

 というかもうくしゃみ止まったと思うんだけど、なんで江波はいつまでも俺の胸に顔をうずめたままなんだろう……恥ずかしいきもちはわかるけども。


 とまあそんなこんなで数分……ようやく女子部員たちの着替えが終わり部室内には誰もいなくなった。

 そして俺たちはようやくロッカーから脱出した。


「うううっ……本当にごめんなさい」

「い、いや元はと言えば俺のせいだし江波が謝ることじゃないってば。俺の方こそ巻き込んで嫌な思いさせて悪かったよ……」


 顔を真っ赤にして涙目で謝る江波を見て本当に申し訳なさ、情けなさが込み上げてくる。


「い、嫌じゃない……全然嫌じゃないから……むしろ……」

「葵〜! 戻ってこないけどケガ大丈夫!?」


 江波が何かを言いかけたところで、突然ショートヘアの女子が部室に入ってきた。


「あ……千里ちゃん……?」


 千里と呼ばれた、おそらく女子野球部員と思われるその女子と思いっきり目があった。


「え……ここ女子野球部の部室なんだけど……あ、葵! こいつやっぱヤバい奴だって! 逃げるよ!」

「あ、待って千里ちゃん!! これは本当に誤解なんだって!!」


 そして江波はその女子に引っ張られて部室から出て行った。


「や、やべー、このままだとマジで変態扱いされちまう! 江波……上手く誤魔化してくれると助かる!」


 祈るような思いで女子野球部室から出たところで──


「ふふふ……現行犯逮捕だな奥村」


 目の前に鬼教師が現れた。


 あー終わりましたねこれは。


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