第12話 努力と才能

「まさか本当に体調不良とはな……」


 春季大会1回戦の翌日。

 当たり前のように俺の部屋にいる教師が、体温計を見ながらそう口にした。


「だからライン送ったじゃないですか……体調不良だって……」


 俺の只今の体温、38度2分。

 間違いなく昨日の試合の影響だろう。

 野球をやるという精神的苦痛を負う中、無理して投げたために本当に体調を崩してしまった。


「すまない、お前のことだろうから十中八九嘘だろうと思った……だが、お前が肉体的にではなく精神的に連投ができないタイプだったとは……これは少し考えないとな」


 そう言いながら教師は俺のおでこのタオルを冷たいタオルと取り替える。


「流石に今日お前を連れて行くわけには行かないな。まぁこの先のことを考えるとどの道、お前だけに頼るわけにはいかないからいい機会だ。今日は皆んなに任せてお前は大人しく寝ていてくれ」

「へいへい……俺がいないからって無理して頑張んなくっていいですからね……春季大会は負けていいんですから……むしろ早く負けた方が他校からデータ取られないですからね……むしろ負けた方がいい大会ですからね……」

「お前を3回戦に連れて行ってやるから安心しろ」


 あれ、なんか会話が噛み合わないぞ?

 熱のせいかな?


「じゃあ、行ってくる。お大事にな」


 教師は俺の頭を優しく撫でて、部屋から出て行った。


「……まぁ、心配しなくても俺がいなけりゃどうせ負けるだろ……負けの報告がくるまで寝るとしますか……」


 教師が去るのを見届けた俺は目を閉じて眠りについた。


 ***


「…………というわけだから、今日は奥村抜きで戦う。先発投手は吉光……お前でいく。相手の永和えいわ高校は中々の曲者揃いだか、頼んだぞキャプテン」

「はい!」


 舞原監督に先発を告げられて、僕──吉光 理人はしっかりと返事をした。


 今でこそ僕は周りから『努力の人』と呼ばれているが、昔は努力なんてほとんどしていなかった。特に野球に関しては。

 小学校1年生で野球を始めた僕は神童と呼ばれもてはやされて、練習では手を抜いたりサボったりと完全に浮かれていたのだ。

 しかし学年が上がるにつれて、周りよりも成長が遅く身体の小さかった僕はどんどん追い抜かれていき結局中学3年間は一度もレギュラーを取ることなく終えることになった。

 その時になって僕はようやく気づいた。

 大事なのは才能ではない、努力なんだと。

 僕は高校に入学すると心を入れ替え、死に物狂いで練習をした。

 身体を大きくするために、元々小食だったが吐きそうになるほどご飯も食べた。

 恐らく周りの部員たちの倍は練習し、倍はご飯を食べた。

 そのおかげで、身長こそそこまで伸びなかったが身体は強くなり技術も身につき、2年の夏からはついにレギュラーに選ばれた。

 そして現在はキャプテンとしてチームを引っ張っていく存在にまで成長した。

 だからこそ僕は知っている……努力に勝る才能は決してないと。


 そんな僕には最近納得のできないことがある。

 奥村太陽という男の存在だ。

 彼は入部してから2週間、ほとんど練習に参加していない。

 にも関わらず、すでにエースナンバーを背負い試合で大活躍を見せている。

 もちろん彼の実力は認めているが、彼のような存在を認めるわけにはいかない。

 それを認めてしまえば、今までの僕の努力を否定してしまう気がするからだ。

 そう、大事なのは才能ではなく努力なはずなんだ!!!


 僕は先頭打者に向かって第一球目を投じた。


 カキーン


「へ?」


 打球はレフトスタンドへ……?


「うおおおお先頭打者ホームランだ!!!」

「相手のチビ投手、やっぱ大したことねえぞ!」

「よっしゃあ! 初回からKOしてやれ!!」


 大盛り上がりする永和高校のベンチ。


 ……なんだ。

 結局大事なのは努力じゃなくて、才能か。

 そうだよな、僕みたいなちっぽけな男がどんだけ頑張ろうと結局無意味なんだ。

 下手くそが何を勘違いしてしまったんだろう。

 キャッチャーの樺井がマウンドに駆け寄ってくる。

 奥村の球を受けていた樺井は、きっと僕のあまりのレベルの低さに腹がたったんだろうな。

 文句の一つでも言いにきたんだろう。


「キャプテン……すいません。今のは俺のサインミスです」

「……え?」


 樺井の意外な言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。


「あの先頭打者、今大会初スタメンでまだデータがなかったんですが先頭フォアボールは避けたいと思い安易に甘いコースを要求してしまいました。本当はもっとじっくり攻めるべきだったんですが……」

「そ、そうか。まあ、き……切り替えていこう」

「はい。次からはデータがあるので大丈夫です」


 樺井……僕のことを励まそうとしてるのかな。

 どう考えても今のは僕の球に力がなかっただけだ思うけど。


「キャ……キャプテン! 死ぬ気で守りますので……後は任せてください……!」

「俺がガツンと打って取り返してやりますよ!」


 ショートの宇和島、サードの吾郷からも声をかけられた。


 ……いつまでも引きずって後輩に気を使わせる訳にはいかない。

 改めて気を引き締めよう。


 その後は打たれてピンチを背負うものの、樺井のリードやバックの守備のおかげで何とか踏ん張って0-1のまま8回裏の攻撃へ。

 この回先頭の1番宇和島が内野安打で出塁し僕が打席に入るとすかさず盗塁、ノーアウト2塁となった。


 舞原監督のサインはセオリーでいけば送りバントだが……打てのサイン?

 僕に期待してくれてるということか……


 僕は毎日200回の素振りで厚くなった手でバットをしっかりと握り思いっきりバットを振り抜いた。


 ポコン。


 ふらふらと当たった打球はライト前に……


「落ちろおおおおおおお!!!!!」


 思わず叫んでいた。


 そんな思いが叶ったのか打球は落ちてヒット。

 落ちるのを確信していたかのようにスタートを切っていた宇和島はそのままホームイン。


 ついに同点に追いついた……!

 

 僕は一塁ベース上でガッツポーズ。


「うおおおおおナイス吉光!」

「流石キャプテンです!!」

「ナイスバッティング! 樺井も続け!」


 盛り上がる浅羽高校のベンチ。


 ……毎日素振りしてきてよかったな。

 

 続く樺井が2ベースヒットを放ち、ランナー2、3塁。

 そして吾郷が犠牲フライを決めてこの回ついに2-1で逆転に成功した。


 そして最終回、僕は3人をしっかりと打ち取り何とか2回戦を突破した。


「樺井、ありがとう。お前のリードのおかげで抑えることができたよ」

「いいえ、俺はただサインを出していただけです。そのサイン通りに投げ込めるかは投手の力量、今日勝つことができたのは間違いなくキャプテンの力があってこそです」

「…………」


 試合後、樺井にお礼を言いにいったら逆に感謝されてしまった。


「吉光」


 そして、帰宅しようとしていたら舞原監督に呼び止められた。


「野球は才能も大切かもしれない。でもな、それだけじゃないんだ。元から才能のあった樺井でも夜遅くまで相手チームのデータを分析しているし、吾郷や宇和島もお前と同じくらい遅くまで練習している。だからこそ結果に繋がっているんだ……今日のお前のようにな」

「…………はい! 今後も精一杯……努力していきます……!」


 樺井や監督の言葉で涙が出そうになるのをこらえて、僕はそう宣言した。


「ちなみにシニア時代の奥村は今のお前の5倍くらい練習して飯食ってたな」

「…………え?」


 どうやら僕にはまだまだ努力が足りないようだ……

 まあ何はともあれ、僕はこのチームでキャプテンができてよかった。

 部員全員が心から勝利を願って、努力しているこのチームで……僕は甲子園にいきたい。


 改めてそう思わされる試合だった。


 ***


「負けろ〜〜〜〜!! 負けろ〜〜〜〜!!」


 俺は体調が悪い中、布団の中で浅羽高校が負けることを心から願っていた。

 そして、教師からのライン。


『勝った』


 クソが!!!

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