第11話 気まぐれ

 何やら懐かしい声が聞こえる。


「奥村! また成長したな。本当に凄い男だよお前は」

「流石は私のお父さんに鍛えられてるだけはあるな! ほら、差し入れだ。受け取れ」

「ふふっ、今日も応援しにきたぞ」

「奥村……ナイスピッチングだ。カッコよかったぞ!」


 シニア時代の記憶。

 試合を見にきていたあの鬼教師の言葉。

 練習や試合で死んだような顔をしている俺にお構いなしで声をかけてきた。

 本当に思い出したくない記憶だ……


「……夢か」


 嫌な夢から目が覚めた。


 ***


 春季県大会。

 甲子園に繋がる大会ではないが勝ち進めば夏の県大会でシード権を得られるし、貴重な公式戦なので経験もつめる。

 今日、浅羽高校はそんな春季県大会の初戦らしい(ちなみにその春季県大会に出場する高校を絞る地区大会は俺たち1年が入学する前に行われ突破したらしい)が……俺には関係ないね。

 鬼教師に仮病のラインを送り、布団にもぐる。

 この前はゲームをしていたから仮病がバレたけど今回は布団を着込んで、さらにおでこに冷たいシート貼ってあるからどう見ても病人にしか見えない。

 さてと、二度寝二度寝。


 寝返りをうつと……


「おはよう、奥村」


 鬼教師の顔が目の前にあった。


「だからなんで先生が!?」

「お前の考えなんて読めてるんだよバカ」


 俺のおでこのシートを剥がしながら、起き上がる教師。


「いや、百歩譲って部屋に入ってくるのはまだいいとして、何でベッドに潜り込んでるんだよ!」

「お前が本当に熱があるかどうか、直接体温を感じて確かめたのさ」

「直接って……!? 俺の身体に何をしたの!?」

「まさか男からそんなセリフを聞くとは思わなかったな。安心しろ、お前を男として見てはいない」

「あんたは見てなくても俺はなっ……」

「俺は? 何だ?」


 鬼教師がニヤニヤしながら見つめてくる。


「あー! うぜえ! 行けばいいんだろ行けばよ!!」


 この鬼教師、いつか絶対泣かす。

 俺はそう心に決めて顔を洗った


 ***


 初戦の相手は横矢木よこやぎ高校というらしい。

 去年の夏の県大会でベスト16まで進んだ強敵だそうだ。これは負けても仕方ないなー。

 んで俺は今日も先発と、打順は……


「何で6番なんだよ!」

「お前の打力で9番に置くわけないだろ。これでも妥協した方だぞ。本当は4番に置きたいのを我慢してやってるんだから感謝しろ」


 鬼教師からの悪魔の笑み。

 はあ……なんか本当に気分悪くなってきた。

 トイレ行こ。


「奥村」


 と、思ったら鬼教師に呼び止められた。


「何すかもう」

「来てくれてありがとな……本当に」


 その教師の表情は、今まで見たことのないほど優しい顔に見えた……気がしたけど気のせいだな、うん。

 

 ***


 あーあやっぱやめだやめ!

 もう完全に手抜くわ。

 勝ち進んだらその分試合出なきゃなんねえんだから早いとこ負けようぜ。

 どうせ春季大会なんて負けたところで影響ねえし、俺が責められることもないだろ。

 今日こそは絶対に負けにいくわ。


 俺が球場内の個室トイレで改めて決意を固めていると、ドア越しから2人の男の会話が聞こえてきた。


「なぁ、今日の相手……浅羽高校だっけ? そこの監督見た?」

「ああ見た見た! 女だったよな! しかもかなり美人の!」

「な! 良い身体してたしマジでヤりて〜w」

「性格はちょっとキツそうだけど、ああいう女が泣くとエロいんだよなw」

「わかるわ〜! じゃあ今日打ちまくって泣かすかw」

「30点くらい取るべw 無名の雑魚校だしいけるんじゃね?w」

「いいねえw あ、泣いたら写真撮ろうぜw」

「それナイスアイデアすぎw」


 そのまま俺がいるとは気づかずに2人は笑いながら出てった。


 今のやつら横矢木高校だよな。

 ふん、是非ボコスカ打ってあの教師泣かしてくれ。

 俺もその方が負けれるし、せいせいするし。

 ははっ、ざまあみろって言ってやるよあの鬼教師……


「…………」


 ***


 ノーヒットノーラン……!?


 こんにちは。

 無表情で(以下略)藤江 芽衣子です。

 私は今、とても驚いています。

 なんと今日の横矢木高校戦、奥村くんは7回の参考記録ながら1つの安打も許さないノーヒットノーランを達成しました!

 しかも打っては2ランホームランを含む3安打4打点!

 村尾工業戦も凄かったですが今回はそれ以上……表情もあの時のような暗い顔ではなく、真剣そのものでした。

 やっぱりかっこよかったです……彼を見ていると何故かドキドキが止まりません。

 そんな彼の大活躍により8-0のコールド勝ちで初戦突破!

 ただ気になったのは試合後青ざめていた横矢木高校の選手たちの顔を奥村くんがスマホで撮っていたこと……

 一体彼に何があったのでしょうか……


 ***


 今回も(精神的に)疲れ切った俺は、教師に車で家まで送ってもらうことに。


 その車中……


「なあ奥村……お前何があった?」


 後部座席で寝転がっている俺に、教師が静かに聞いてきた。


「今日のお前は明らかにおかしい。いや、おかしいのはむしろいつもの方なんだが……とにかく、シニア時代よりもいい顔をして投げていた」


 顔を見なくても、いつもとは明らかに違う真剣な表情で話していることが声のトーンででわかった。


「別に……ただの気まぐれです……次は期待しないでくださいよ」

「……そうか」


 この教師は俺のトラウマを抉ってくるし、追いかけまわしてくるし、セクハラしてくるし、馬鹿力だしで本当に厄介な存在でしかない。


 でも──


「ナイスピッチングだ。カッコよかったぞ奥村」


 嫌いではない。


「ほらっ、着いたぞ起きろ。今日はゆっくり休めよ、明日2回戦だからな」

「はあああああ!? 連戦かよ!?」

「神奈川は参加校多いんだから、どんどん捌かないと終わらないんだよ」

「マジかよ……」


 まあ好きでもないけど。


 ***


「お、あいつ1年なのに結構いい球投げんじゃん」

「3年のエースには流石に劣るけど、今後に期待だな」

「もしかしたら世代No.1ピッチャーになれるかもな」

「てか、あいつって確かU-15の……」


 観客の賞賛の声がこの俺──廣川 雅也まさやへと向けられる。


 今日の春季県大会初戦で7回からマウンドを任された俺は、相手の雑魚打線を3回1安打にねじ伏せ余裕勝ち。

 神奈川の絶対王者、東王高校の初戦ということもあって春季大会1回戦ながらそこそこの客が入っていた。

 そんな見物人たちの度肝を抜いてやるのは、くっくっくっ……やっぱり快感だぜ。

 惜しいのは春季大会1回戦程度じゃネットニュースにもならねえことだが、まあすぐに俺の名は全国に知れ渡るだろうよ。

 そうなりゃ、桜庭も俺に惚れるのは確実だ。

 まぁあの女だけで満足するつもりはねえけどな。

 甲子園のヒーローになって他のいい女とも遊びまくりてぇし。

 ……後は奥村のカスだが、俺の圧倒的実力と名声の前に悔しがるあいつを想像するだけで笑えてくるぜ。

 どこにいるかは知らねえが、じきにわからせてやるよ。

 この世代No.1はこの俺だということをな。

 

「おいおいおい! 隣の市の球場ノーノー出たらしいぜ! しかも1年!」

「マジかよ!? どこの奴!?」

「浅羽高校ってとこ! しかもその1年……あのU-15で無双してた奥村太陽らしいぜ!?」

「嘘だろ!? 野球辞めたって噂聞いたぞ!?」

「現地で観戦してた友達から連絡きたけどマジっぽい! エグい球投げてたって!」

「奥村ってバッティングも凄かったよな! あいつが復活したなら東王の廣川なんて目じゃねえぞ!? 世代No.1は確実だろ!」


 遠くでごちゃごちゃ言ってるみてえだが、俺の噂してんだろうな。

 へへっ、天才は注目されて大変だぜ。

 あー、早くあのカスをボコりてえ。

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