第10話 昼騒動
私──江波 葵には憧れの人がいる。
彼を初めて見たのは川凪シニアに入ってすぐ、真浜シニアとの1年生同士での練習試合。
当時周りの男の子たちよりも成長が早く、背の高かった私は完全に調子に乗っていた。
同い年の子なんかに私が負けるはずがない。
そう信じて疑わなかった。
でもその私の自信はあっけなく打ち砕かれた。
「凄い……」
目の前の圧倒的な才能の前に。
あまりの実力の違いに、ショックよりも憧れの方が大きかった。
彼と初めて会話したのは、その試合後のことだ。
「あのさっ……どうやったらそんな凄い球投げれるのか、教えてほしい……」
私は生まれて初めて男の子に頭を下げた。
彼は短い時間だったけど丁寧に、わかりやすく教えてくれた。
その時からもっと彼と仲良くなりたい、近づきたい。
しだいにそう思うようになった。
今思えば、私はその時から彼のことが……
その後も真浜シニアとの試合がある度に彼に話しかけようとしたが、彼の顔は会う度になぜか暗くなっていって中々話しかけることができなかった。
それでも私はあの時教えてもらったことを思い出しながら、彼の投球映像も見て勉強した。
そしてその努力が実り、女子野球においては強豪といわれている浅羽高校からの推薦を勝ち取った。
そこでまさか彼と再会するなんて……
「奥村の奴、また寝てるぞ」
移動教室に行く途中。
とあるクラスの前で立ち止まった私の耳に、そのクラスの男の子たちの会話が聞こえてくる。
「話し相手がいねえから暇なんだろ」
「てか、あいつの前後の席の奴らもずっと1人でいるくね?」
「そういやそうだな……あいつら確か3人とも野球部だろ? どうなってんだよ野球部の人間関係……」
「あの3人は間違いなく補欠だろうな……」
彼……奥村太陽くんの話題だ。
そっか……友達いないんだ……
でも再会した時に野球が嫌いになったって聞いたけど、ちゃんと野球部入って続けてるみたいでよかった。
それにしてもあのナンパしてきた先輩との一球勝負感動したな……やっぱり君は凄いよ。
「葵〜、何見てんの?」
「うひゃあ!?」
同じクラスで女子野球部の
「あははっ! な、何でもないよ、うん! 何でもないない!」
「その反応なんか怪しい……顔も赤いし、さては好きな人がこのクラスにいるな?」
「うっ……」
「あはは! わかりやすいな葵は! あんたの目線的に……あいつか、結構イケメンじゃん。よし、私にまかせな! 昼休みにお弁当持って行くよ!」
「えっ! え〜〜〜!?」
正直、入学初日に再会して以来気まずいんだよね……仲直りできるなら嬉しいけど……
***
お昼休み、結局流されるままに奥村くんの教室前まで来てしまった。
「何してんの、行くよ!」
「あうぅっ……」
千里ちゃんはもじもじしている私の手を引いてそのまま奥村くんのもとへ……ってあれ? 彼の後ろ?
「ちょっとメガネ! 一緒にご飯食べるよ!」
千里ちゃんなんか勘違いしてるううう!!??
「去れ」
二文字で断られた!
……あれっ? というかこの人、三国シニアの樺井くんじゃない? 強肩強打の捕手として雑誌で紹介されてたの見たことあるよ……
「あー、そういう感じのキャラね。いかにもって感じじゃん。ほら、葵座って」
そう言って千里ちゃんは樺井くんの斜め前……つまりは奥村くんの隣に私を座らせた。
「私はどこ座ろっかな……あ! ねぇ君、寝てるなら席貸してくれない?」
奥村くんどかそうとしてるうううう!!??
「やめろ、この男は昨日の練習試合で精神的に疲れ果てているのだ。今日一日寝続けなければならないから邪魔をするな」
樺井くんが制す。
というか次の日も一日寝たきりにならないといけないって、どんだけ壮絶な練習試合をしたんだろう。
「あ……あのっ……僕なんかの席で良ければど、どうぞっ!」
「へえ、気が利くじゃん。サンキュー」
「はっはい……別に洗って返したりとかはしなくて大丈夫なので……」
奥村くんの前の席の大人しそうな男の子がどいてくれた……本当にごめんね……
あれっ? そういえばこの人も見たことあるような……
結局最終的に寝ている奥村くんを樺井くん、私、千里ちゃん、で囲んでお昼を食べる形になった。
なんだろこれ。
「メガネ、あんた部活は何入ってんの?」
「野球部だが?」
「え! 私らと一緒じゃん。あ、この子は江波 葵ね!」
「知っている」
「えっ、ちょっとあんたら知り合いだったの?」
私も県内ではそこそこ有名だったから、同じ県内の樺井くんなら知っていてもおかしくない。
「う、うん。まぁ、というか千里ちゃん……あの……」
「そうだったんだ! なら気軽に話しますか〜。じゃあ、ここみんな野球部なわけだし野球の話でもしよっか!」
「! おいっ! その話だけは……」
樺井くんが何故か野球の話を止めようとした瞬間……
「や……野球……?」
奥村くんが机に突っ伏した体勢のまま呟いた。
「野球いやだ……野球こわい……」
えっ何? 何? と言った感じで千里ちゃんと私は困惑した。
「野球だけは勘弁してくれえええええ!!!!」
「「!?」」
奥村くんは突如立ち上がって、叫びながらどこかへ走り去っていった。
しばらく沈黙が流れたあと千里ちゃんが一言。
「…………やばいよあいつ」
千里ちゃん、そのやばい人が私の好きな人なんだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます