第9話 鮮烈デビュー
「突然だが次の日曜、急遽練習試合が決まった」
昼休み。
自分の席で1人で弁当を食べていると鬼教師がやってきて
「ほぅ……相手はどこですか?」
後ろの席で同じく1人で弁当を食べている樺井が反応する。
ちなみに俺は
野球好きな奴とは仲良くできる気がしないからな。
「
「聞いたことありますね」
「まあ元々うちと同レベルくらいの高校だったが、最近力をつけてきた高校だな。時間と集合場所はこの紙に……」
鬼教師が詳細を説明しているようだが、もちろん俺は聞いていない。聞く必要がない。
「わかったか? 3人とも」
いいえ……ん? 3人?
「え……!? 僕なんかを呼んでくださるんですか!? ぜひ行かせてください!」
前の席の男が反応している。
確か宇和島だっけか……こいつ野球部だったのか。
よし、こいつと関わるのもやめておこう。
「お前はわかってるのか?」
教師がずいっと俺の顔を覗き込み目が合った。
ちょっといい匂いがした。
俺の答えはもちろん…………
「はい! わかりました! 絶対に行きます!!」
二つ返事で了承。
「ほう? やけに素直だな」
「いつまでもあんなやりとりしてても仕方ないですからね!」
「ふむ……」
教師は納得した感じで教室から出ていく。
その様子を見て俺はにやりと笑みを浮かべた。
***
そして日曜日。
「ふふふ……あはははははは!!!!! 練習試合なんて行くわけねえだろうがよぎゃはははははははは!!!!」
俺は家でゲームをしていた。
あそこで行かないって行ったらどうせまたしばかれるんだろ?
だったら行くって言っといた方があの場はしのげるんだよなあ。
まあ一応あの教師に体調悪いので休むとさっきライン(無理やり交換させられた)しておいたから無断欠席にはならないし、病人となればあの教師も迂闊に手は出せないだろ。
「さて、放課後は毎日あの教師に追い回されてたから今日はとことん遊んでやるかー。ざまぁみろ鬼教師が!」
「誰が鬼教師だって?」
「それはもちろんあのババア……」
が横に立っていた。
「なんでここに先生が!?」
「お前の母親に了承をとって見舞いにきたんだよ。見たところ、ピンピンしているようだが……?」
「いや、あのですねそれは……」
「まああの時の気持ち悪いお前を見て、どうせそんなことだろうと思ったけどな! ほら行くぞ!」
「(大声で反論)」
全部無視され、俺は教師に抱き抱えられそのまま連れてかれた。
「先生! 胸当たってますけどいいんですか!?」
「お前を男として見ていないから問題ない」
「それはそれで何か腹立つ!」
***
こんにちは。
私は無表情でお馴染みの浅羽高校野球部マネージャー、藤江 芽衣子です。
私は今、顔には出していませんが凄く不安です。
何故なら今日の練習試合の相手は村尾工業。
この高校、今年のチームは打線が強いと聞いています。
特に1番バッターを任されている
そして、さらに不安なのが今日のうちの先発投手……
「はぁ……帰りてえ……」
この顔色の悪い新入部員なんです……
この子、奥村くんでしたっけ……舞原監督に追い回されているところしか見たことないのでどんな球を投げるのかは分かりませんが、明らかに自信がなさそうです。
ただでさえ練習が好きではなさそうなのにKOなんてされたら本当に辞めてしまいます。
嫌々とはいえせっかく入ってくださった可愛い後輩です。
どうか彼が辞めないようにコールド負けだけは勘弁してあげてください……
あ、とうとう彼がマウンドに上がってしまいました……
あら? 投球練習を見る限り、コントロールはそこそこ良さそうです。
でも見た感じの球速は110キロほど。
この球速ならやはりめった打ちにされてしまいそうです……
相手の1番打者の中森選手、馬鹿にしたような顔で笑っていますね……うぅっ、悔しいです。
そして彼の1球目……
「……………………っ!?」
インコースギリギリに140キロ……いや、それ以上!?!!?!?
ななななななな何なんですかこの子は!?
思わず表情が少し崩れてしまいました!
中森選手も完全に顔がひきつっています!
そして2球目……カーブで空振り!?
右打者の中森選手からしたら軌道の見やすいはずの左投手のカーブが全く合いません!
なんて大きく曲がるカーブなんでしょう!
そして3球目……スライダーで三振!?
あの1番打者で選球眼のいい中森選手がワンバウンドになるようなボール球を振らされました!
あれはまるで……消える魔球です!
ほほほほほ本当にこの子は何者なんですか!?
その後も村尾工業の上位打線を三振にとり、ゆっくりとベンチに帰ってきました。
こ、これほどの投球をしてしまうとは……でもあの打線を三者三振、この子も相当自信になったのでは?
「はあ……辞めたい……」
なんでえええええええ!?
……3回の表が終わってスコアは0-0。
相手投手も最速135キロと中々手強く捉えられません。
ですが奥村くんも未だ1人もランナーを出さない好投!
「奥村、ナイスピッチングだ。久しぶりの実戦だろうから次の回からピッチャー交代するぞ」
「……そっすか。お疲れっした」
監督の言葉を聞いて奥村くん、何やら荷物を片付け始めました……
「おい、何帰ろうとしてるんだ?」
「え、だって俺もういらないでしょ?」
「いや、お前の出番は終わってないぞ? 次の回からライトの守備につけ」
「…………」
奥村くん、試合に出れるのになぜそんな嫌そうな顔をするのでしょうか……
「ほら、お前の打順だ。早く行け」
監督に促されて奥村くん、とぼとぼしながらバッターボックスに入っていきました。
まあ流石に9番バッターなので打つ方に関しては苦手なんでしょう。
ここまでよく投げました。三振でも大丈夫なのでゆっくり休んでくださ……
カキーン
「…………!?」
ほほほほほほホームラン!?!!?
相手投手の自慢の速球を完璧に捉えました!?
しかも推定120m弾!?
まさかの二刀流なんて……彼は本当に何者なんですか!!?!!??
その後相手投手は9番打者に特大ホームランを打たれて動揺したのか甘い球が続いて1番宇和島くん、2番吉光キャプテン、3番樺井くん、4番吾郷くんとヒットが続いてなんと5連打!
そして打者一巡でこの回2度目の奥村くんの打席は……
「おりゃー」
とんでもないボール球を振って三振……
「おい奥村……お前がどうしても9番にしろと言ったからしてやったのに何だ? そのあからさまな三振は。やる気がないなら次からは4番にするしかないようだな」
「やる気だすので4番だけは勘弁してください……! 少しでも打席に立ちたくないんです……!」
何なんでしょうかこの会話は……
その後は吉光キャプテンが投げ、打たれはしたものの最小失点で切り抜けてなんと9-2の7回コールド勝ち!
コールド勝ちなんて私が入学してから初めてです!
その勝利の立役者は!
「あばばばばばば……」
このベンチで泡を吹いている一年生……
本当に不思議な子です。
でもこの子がいれば、もしかしたら本当にいけるかもしれません……憧れの甲子園に。
よく頑張りましたね、カッコよかったです。
……はっ! 今のカッコいいは選手としてです! 決して異性としてではありません……ですがこの胸の高鳴りは一体なんでしょうか……
***
私──桜庭 七希は今他校との練習試合を終えて電車で帰宅中。
「浅羽高校って弱小じゃなかったのかよ……」
「あんなピッチャーいるなんて聞いてねえよな」
前の席に座っている高校生と思われる二人組の会話が聞こえてきた。
持っているバッグには村尾工業と刺繍されている。
坊主なのでおそらく野球部だろう。
「凄かったよな、あの中森さんが手も足も出ないんだぜ」
「145出てたんじゃねあれ。変化球もキレまくりだし」
「しかもあいつ1年らしいぜ」
「マジかよ……あいつと3年間一緒の県って考えるとゾッとしてきたわ」
「てか名前なんつったけ……」
「ほらあれだよ……
「あー確かそんな名前だったわ」
浅羽高校の奥原くんか……
1年でそんな凄い子がいるんだ。
私も負けてられないな。
帰ったら早速自主練しよっ。
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