第7話 あいつという存在

 東王大学付属東王高校野球部、通称 東王とうおう高校野球部。

 現在夏の神奈川県大会3連覇中で春夏合わせて5度の甲子園優勝経験を誇り東の東王、西の大阪桐栄と並び称されるほどの名門校。


 ……そんな高校に私は入学した。

 まあ入部したのは男子野球部ではなく女子野球部だけど。

 中学時代は大阪で過ごし、またお父さんの仕事の都合で神奈川に帰ってきた。

 この高校に入学したのは女子野球部も強いからではあるが、もう一つ理由がある。


「もしかしたら、ここならあいつがいるかもと思ったんだけどなぁ……やっぱりそう上手くはいかないよね……」

 

 あいつに再会するためだ。

 私が野球を始めたきっかけの男の子。

 友達がいなくて塞ぎ込んでいた私に野球を教えてくれて、キャッチボールをしてくれて……本当にどれほど救われたか。

 小学生の頃から私でもわかるレベルで凄かったけど、まさか中学No.1投手と呼ばれるまでになっちゃって。 


 中学野球の有望選手がどこの高校に進学するかは入学前に大体ネットで出回ったりするけど、あいつに関する進学先の情報はいくら調べても見つからなかった。


 あいつレベルの選手ならどんな強豪校だろうと入れるとは思うんだけど。

 ひょっとして、野球辞めてたりして……なんて、流石にそれはないか。あの野球大好きっ子が。

 それに……あの約束のことだってあるし。


「おーい、七希ななきちゃーん! 今度の土曜遊びに行こうよ〜!」


 ニヤつきながら馴れ馴れしく声をかけてきたのは同じクラスの男子野球部員、廣川ひろかわ

 しつこい男なので覚えたくないのに覚えてしまった。


「行かないよ、練習があるから。廣川くんもあるでしょ」

「だーからさ、練習後の夜遊ぼうって言ってんの! たまには息抜きも必要でしょ」

「夜とか余計行かないから」


 何が息抜きだ。

 下心しかないくせに。


「……あのさぁ七希ちゃん、俺が誰だか知ってる? U-15のエース廣川だよ? 将来はプロ野球、いやメジャーリーガーも夢じゃないんだけどなあ……今のうちに仲良くしといた方がいいんじゃない?」


 そう言いながら、廣川は手を私の甲に重ねてきた。


「触らないでくれる?」


 私はそれをすぐに払いのけて席をたつ。


「この際だからはっきり言うね。私、あなたみたいな嘘つく人嫌いだから」

「はあ? 俺がいつ嘘ついたよ?」

「あなたU-15のエースじゃなくて、2ピッチャーでしょ? 私が知らないとでも思った?」

「っ! ……まあいいぜ、そのうち俺の魅力に気づくだろうよ」


 私はこれ以上この男と話したくないので、そのまま手を洗いにトイレへと向かう。


 何がU-15のエースだ。

 よりによってあいつの肩書を騙るなんて……廣川あんたなんてあいつの足元にも及ばないくせに。


 あいつに会えないばかりかあんな奴と同じクラスになるなんて本当に最悪。


 ほんと、今どこで何をしてるんだろう。

 でも、私もあいつも野球続けてたらきっといつかは会えるよね。


 その時がきたら、またキャッチボールしようね……太陽。


 ***


「…………チッ、思い通りにならねえ女だ」


 俺は立ち去って行く桜庭さくらば 七希の姿が見えなくなった後、そう呟いた。


 こっちが下手したてに出てりゃあいい気になりやがってよ。

 ちょっとツラがいいからって調子のんじゃねえよ、この俺と話せるだけでもありがたく思えや。


 それにあの女……よりによって俺が一番言われたくねえセリフ言いやがって……

 2番手だぁ? この俺があいつに劣ってるわけねえだろうが。

 U-15ではたまたまあいつが調子良かっただけで、本来は俺の方が上なんだよ。

 現に俺は東王高校ですでに頭角を表している次期エース候補……あいつはどこの高校に行ったかもわからねえほどのカス。

 そんなカスとはもってる才能が違えんだよ。

 ……まぁいずれあの女もわかるはずだ。

 あいつよりも俺の方が優れてるってな。

 だから直接てめえをぶっ倒して力の差を教えてやるよ……奥村ぁ!

 ぜってえ逃げんじゃねえぞ。

 

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