第3話 ラブコメの終わり

「奥村太陽くんだよね! 真浜シニアの!!!」

「……………………はえっ?」


 まさかの展開に、俺の思考が数秒止まる。


「うわあっ! 凄い凄い! 本物だ!! 一緒の高校とかやばいっ!! 嬉しいなぁ!!」


 ナンパから助けた新入生女子は両手で俺の左手を握りながら、ポニーテールをゆらゆらと揺らして飛び跳ねる。


 えーっと、どうやらこの子は俺……奥村太陽のことを知っているようです。


「あ……! 私、江波えなみ あおい! 覚えてないかなっ!? 川凪かわなぎシニアのピッチャー!!」


 川凪シニア……隣の市にあるリトルシニアでたまに練習試合もしてたチームだ。

 そういえば、そこのエースが確か女子だったような……


「あぁっ……! ご、ごめんね! キモかったよね! つい興奮しちゃった!」


 江波は恥ずかしいそうに繋いでいた手を離すと、今度は前髪を手で整えはじめる。


 忙しい子だな……


「えっと、確かに俺は奥村太陽だけど……練習試合で何回か顔を合わせた程度で君との接点はほとんどなかったよね」


 なんでこの子はこんなに興奮しているんだろうか。

 いくら俺が中学野球界で名を知られているとはいて、こんな憧れのプロ野球選手を見た時のような反応になるか?


「あっ、えっと……実はずっと君に憧れていたんだよね……! 練習試合での君のピッチングを見てから! 君みたいなピッチャーになりたくて動画とかも何度も見返して、フォームをマネしたりなんかして……同じ左投げだからさ!」

 

 あ……そういえばあの川凪シニアのピッチャー、試合で顔合わせする度にどんどん俺のフォームに似ていってたような……


「そんな憧れの人と同じ高校に通えるなんて、これほど嬉しいことはないよっ! あっ、でも何で奥村くんはこの高校に? ここって男子野球は強くなかったと思うけど……」


 まあ、そりゃその疑問は出てくるわな。

 うーん、なんか申し訳ない気もするけどここは素直に言うべきだな。


「あー……えっと、喜んでくれるのは嬉しいんだけどさ……俺、野球辞めたんだよね」

「ええええええええええっっっ!?!?!」


 驚きと悲しさが混じったような顔をする江波。


 いちいちリアクションが大きいから、申し訳なさも大きくなるな。


「ど、どこか怪我でもしたのっ!? 肩かい!? いやそれとも肘っ!? いい医者を知ってるから紹介するよっ!!」

「いや、怪我の経験は一度もない。いたって健康だ」

「じゃあ一体……!?」

「野球が嫌いになったんだ……それだけ」

「そ……そんな……」


 へなへなと地面に崩れ落ちる江波を見て俺はその場にいるのがいたたまれなくなり、足早に昇降口へと向かった。


 ……幻滅しただろうな。

 あの子は『俺』ではなく『奥村太陽』に好意を抱いていただろうから、野球をしなくなった俺に価値なんてなくなってしまったんだろう。

 だが俺は、誰になんと思われようが野球を続けるつもりはない。

 野球をすることで辛かったあの日々を嫌でも思い出してしまう。


 江波とは別のクラスになるといいなあ……


 教室の張り紙で出席番号順の座席を確認し座る。

 俺の願いは叶ったのか、俺の前の席は宇和島うわじまという男で、幸いにも江波は違うクラスだったようで一安心。


 さて、友達作りはまずはスタートダッシュが肝心だ。

 気の合いそうな奴を見極めて、話しかけにいくか。

 野球なんて全く興味なさそうな奴がいいな。

 野球好きな奴とは間違いなく友達にはなれないだろうからな、うん。

 

「フッ……久しぶりだな」


 突如、後ろから声をかけられた。


「真浜シニアの……奥村太陽!!!」


 なんでこうなるんだよ。

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