第2話 ラブコメの始まり

 県立浅羽高校。

 神奈川県内にあるこの高校は男女比5:5で偏差値は55くらいのいたって普通の県立高校だった。

 家から電車を乗り継いで30分ほどで着いたこの浅羽高校の前に、俺は立っていた。


 今日は待ちに待った入学式だ。

 

 思い返して見れば、中学時代は野球野球で友達ほとんどいなかったんだよな……

 まあもう野球とは縁を切ったから、高校ではそんな事態にはならないだろう。

 野球なんてもう二度と、絶対に、きっと関わったりはしない。

 そう、俺はただの一般高校生。

 誰もスーパー中学生、奥村太陽なんて知りはしないこの高校で俺は青春を取り戻すんだ。


「いやっ……そういうの大丈夫なので……!」


 ……ん?


 他の新入生たちに続いて校門を通り抜けたところで、なにやら女子の不穏な声が聞こえたので顔を向けると


「だからさ、マネージャーに勧誘してるだけだろ。絶対楽しいからさ、やろうぜ」

「いや、だからっ! 私はもう入る部活決めてるんでっ……!」


 上級生と思われる坊主頭で大柄な男が新入生と思われる女子の肩を掴んでいた。

 どうやら部活の勧誘をしているらしい。


「だからそこを何とかよぉ……今うちマネージャー1人で大変なんだよ〜今日の放課後見学だけでもいいから来いって!」

「行きませんっ……離してください……!」


「…………」


 まさか、入学初日からこんなラブコメの導入的な展開がくるとは思わなくて絶句した。


 周りを見渡すと、新入生たちは見てみぬふりをして通り過ぎていく。

 当然だ。誰も入学早々にあんなガタイのいい先輩に目をつけられたくはない。


 だが、俺はこいつらとは違う。


 ここで俺がこの子を颯爽と助けることで、この子にとって俺が気になる存在になり、まさかの同じクラスの席も隣同士でお互いが徐々に惹かれあっていく……そういう展開まで読めているのだ。


 それじゃあ、いっちょ助けますか。


「入学したての子をナンパなんて恥ずかしいマネ、やめましょうよ先輩」


 俺はやれやれといった感じで、首の後ろをかきながら声をかけた。


「はあ? 何お前、興味ねえからあっちいってろ」


 はいはい、テンプレの返しありがとうございます。


「嫌がってるじゃないすか、とりあえず手、離しましょうよ」

「チッ……喧嘩売ってんのか? 女子の前だからっていきがってんじゃねえぞ」


 先輩は女子から手を離したものはいいものの、ずいっと大きな身体を俺に向けてくる。

 180cmある俺よりもさらに5cmほど大きい。


「あれっ? 君って……」


 女子が何か言いかけたがそれを遮って、俺は喧嘩ではなく別の手段を提案した。


「流石に校内で喧嘩は先輩もまずいでしょ、ここは握力で勝負しないっすか?」

「握力? お前俺のガタイ見て言ってるのか? 面白え」

「先に声をあげた方が引き下がる。いいっすね?」

「上等だよ、お前利き手どっち?」

「左っすけど、右でいいっすよ」

「舐めんな、お前なんて左で十分だわ」


 先輩が左手を差し出してきた。


 あーあ、右でいいって言ったのに。

 どうなっても知らないすよ?


 俺と先輩は左手で握手のような形をとり


「レディ……GO!」


 先輩の掛け声で勝負が始まった。


「ぐああああああああああああああ!!!!!」


 そして、0.5秒で終わった。


「わかった!! わかったから離してくれ……!!」


 膝をついて身を捩らせる先輩の降参を確認して俺は手を離した。


「……っ畜生! 覚えとけよ!!」


 よく聞く捨て台詞を吐いてそそくさと退散していく先輩を尻目に、俺は女子に声をかける。


「大丈夫だった?」

「えっ……あっありがとうございます……」


 近くでよく見てみるとこの子、めっちゃ可愛かった。

 あの先輩がしつこくナンパするのも頷けるな。


「あっあの……!」


 あー、多分「あなたの名前は……!」って展開だろうな。きっとそうだ。

 だが、俺はここで名乗らずに去るのよ。

 これでいかにも見返りは求めていませんよって感じになるし、この子にとっても俺がさらに気になる存在になるだろう。

 

「名乗るほどのもんじゃないよ、じゃあまたどこかで……」

「奥村太陽くんだよね! 真浜シニアの!!!」

「………………はえっ?」


 俺の青春が早くも崩れ去ろうとしている……?

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