第29話 渚、人生初の告白をする

和樹に格好良いことを宣言したにもかかわらず、渚は湊に自分の本当の気持ちを伝えることが出来ずにいた。


仕事が忙しくて予定が立たない。


今更告白したって意味が無い。


色んな理由を並べて自分が動かない理由を正当化してみるが、本当はただ勇気がでないだけだった。


それに・・・何もしなければ、きっと友達のままでいられる。


言いたいことを言い合える友達として、湊と付き合っていけばよいのではないだろうか。


もし湊の心が堀内さんに移ってしまったのなら、私はふたりの仲を引き裂こうとするお邪魔虫でしかない。


そんな屈辱に私は耐えられるの・・・?


渚の心は波間に浮かぶ月の影のように揺れ動いていた。





このままじゃ駄目だ!


渚は自分の気持ちにピリオドを打つため、とうとう湊へ想いを伝える決心をした。


嫌われてもいい。


蔑まれてもかまわない。


自分勝手なヤツだと罵られてもいい


湊を振り回して、傷つけて、どの面下げて会えばいいのかもわからない。


もし仮に私の湊のへ想いが通じたとして、私は仕事を辞められるの?


渚は母汐子の言葉を思い出していた。


『結婚してお父さんを支えたいという気持ちの方が大きかったのよね。』


私も湊を支えたい。


ずっと湊と一緒にいられるのなら、仕事を辞めてもかまわない。


考えに考えてようやく出した答えに、渚は少しの迷いもなかった。


渚は大きな決心を抱え、湊に会いに行くことを決めた。





枯れ葉が舞い散る晩秋の夕方、渚は栄文社の真向かいにあるファーストフードの二階の窓際に座り、湊が社外へ出てくるのを待つことにした。


もしかして湊は泊まり込みで残業するかもしれない。


他の社員と一緒にどこかへ出掛けてしまうかもしれない。


もう出先から直帰してしまったかも・・・。


しかし渚は何時間でも待つつもりでいた。


今日が駄目なら湊が捕まるまで何日でもこうするつもりだった。


湊の気持ちが堀内さんに傾いていることは百も承知だ。


でも・・・どうしても自分の気持ちを伝えたい。


果たして湊は23時過ぎに栄文社の出入り口から一人で出てきた。


濃紺のスーツにいつものブリーフケースを持ち、足早へ歩いていく。


渚は湊の姿をみとめると、急いでファーストフードを出て、湊の背中を追った。


湊を見失わないように渚は走った。


「湊!」


渚の叫び声に湊が振り向いた。


息を切らしながら近づく渚に、湊は驚いた顔で立ち止まった。


「渚・・・お前、何してる。こんな遅い時間に。」


「・・・ごめん。ストーカーみたいな真似をして。」


「俺を待ってたのか?」


「うん。待ってた。」


渚は息を整え、深呼吸をした。


「用があるならアポを取れって言ったのはお前だろ?時間を無駄にするのが嫌いなお前が一体何やってんだ?竜巻でも起こすつもりか?」


湊はそうからかうように言った。


「・・・いつまでも湊を待ってみたかったの。」


渚はそう言って長身の湊の顔を見上げ、真っ直ぐにみつめた。


そして、薄手のコートのポケットからピンクの包装紙に包んだ小さな箱を出し、それを湊へ差し出した。


「これ・・・私が作ったクッキー。初めて作ったから湊みたいに上手く出来なかったけど・・・。これまでずっと美味しいスイーツを作って貰ったお礼。」


「・・・開けてもいいか?」


湊の言葉に渚は「うん。」と頷いた。


湊が蓋を開けた箱の中には、ハートのクッキーが詰まっていた。


クッキーの表面にはアイシングでピンク色にデコレーションしてある。


「・・・これ・・・わ、私の・・・気持ち・・・です。」


何度もその言葉を練習したのに、いざ湊の前に立つとしどろもどろになり、言葉がとぎれてしまう。


まるで『紫陽花と少年』のジュンのように。


思えば渚が自分から愛を告白するのは、これが初めてだった。


高いプライドが邪魔をして、断られるのが怖くて、いつも相手から告白されるのを待っているだけの人生だった。


渚の心臓はバクバクと音を立て、破裂しそうだった。


苦しくて思わず泣き出しそうになる。


でもこんな場面で泣くなんて卑怯だ。


涙で好きな男を引き留める、そんな女にはなりたくない。


湊はただ黙ってそのハート型のクッキーを見ていた。


渚は顔を真っ赤に染めながら、湊の目をまっすぐみつめた。


「もう遅いってわかってる。今更なんだって思われることもわかってる。でも、どうしても湊に自分の気持ちを伝えたかったの。」


「・・・・・・。」


「もし・・・もし湊とこの先も一緒にいられるのなら、私は仕事を辞めてもかまわない。」


すると湊は目を見開き、そしてすぐに厳しい顔で渚に問いかけた。


「お前にとっての仕事はそんなものだったのか?」


渚は大きく頭を振った。


「そんなわけない!でも・・・私にとっては湊の方が大切なの。」


「渚・・・・・・。」


湊は思いもよらぬ渚の告白に言葉を失い、やがて渚に言い聞かせるように語りかけた。


「俺はお前に仕事を辞めて欲しいなんて思わない。俺の為にそんなことを考えるな。」


「でも・・・・・・。」


「渚は今のままでいい。仕事を続けろ。」


渚は自分の大きな決断をさらりとかわされた気がして、全身の血が凍った。


・・・私を拒絶しているのね。


渚は湊の言葉をそう理解した。


「わかった・・・・・・。」


終わった。


これで私の恋は本当に終わり。


渚は何かを吹っ切ったかように顔を上げた。


「これからは湊の美味しいスイーツ、堀内さんの為に作ってあげてね。」


「渚・・・俺は堀内さんと」


その時、湊のスマホから着信音が流れた。


「渚、ちょっと待て。大事な電話がかかってきた。だから終わるまで」


しかし渚はこれ以上湊の顔を見続けていることが辛かった。


せめて去り際は綺麗に消えたい。


「もし湊さえよかったら、これからもいい友達でいてね。じゃ」


「あっ。おい!」


渚は言いたいことだけ言うと、湊に背を向けその場を走り去った。




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