第27話 渚、恋の痛みを知る
「・・・ひっく・・・ひっく・・・・」
居酒屋「はな」の閉店時間はとっくに過ぎて、店内にはカウンターで泣きながら酔い潰れている渚、そして渚の会社の後輩美々、そして女将の華しかいなかった。
渚からおおまかな話を聞いた華と美々が、二人揃って渚に叫んだ。
「この・・・大馬鹿者がっ!!」
「わかってる・・・そんなこと言われなくたって自分が一番わかってる・・・でも・・・仕方が無いじゃん。私より堀内さんの方が湊を幸せに出来るんだもん・・・」
華があきれ顔で渚の頭を小突いた。
「渚、私あんたのこと・・・昔から馬鹿だ馬鹿だとは思ってたのよ。でもこんなに大馬鹿だとは知らなかったわ。これまでだって友達の恋を助けるためにあんた何回失恋した?何回身を引いた?そんなのね、美徳でもなんでもないの。あんたが一番優しくしなきゃいけないのは誰?自分自身でしょ?自分の幸せを一番に考えないで、なにがスマイル&ピースよ。聞いて呆れるわ。」
「酷いよ華・・・そこまで言う?」
「言わなきゃわかんないのよ。あんたって人間は。」
「だって・・・だって・・・」
落ち込む渚に、美々がさらに追い打ちをかけた。
「渚先輩は馬鹿ですか?好きな男をほいほいと他の女に熨斗紙付けて差し出して・・・先輩マジで恋愛舐めてます。そんなんじゃ一生先輩は幸せになれませんよ?ずっとひとりですよ?」
「そうよ・・・美々の言うとおりよ・・・私は一生おひとり様で生きていくの。もう決めた。恋愛なんてしない・・・」
湊のことを本気で恋い焦がれていたと気づいたのは、夕方かかってきた美和子からの電話を受けてからだ。
渚は美和子からの電話を取り次ぎ、胸の鼓動が早まり苦しくなった。
湊と堀内さんはその後どうなったのだろう・・・湊が怒って帰ってしまったあの夜以来、気がつくと渚はそのことばかりを考えていた。
「お電話代わりました。いつもお世話になっております。岡咲です。」
「あ、岡咲さんですか?堀内です!」
美和子の声は明るく弾んでいた。
「その後、給湯器の調子は如何ですか?」
「はい!すぐに修理業者の方が来てくださって、いまはすごく快適です。どうもありがとうございました!」
「いえいえ。それはなによりです。」
そして美和子は嬉しそうに、渚へ報告した。
「岡咲さん、昨夜連城さんから電話がありました!連城さんって思っていた通りすごく素敵な方ですね。優しくって気遣いが出来て・・・。」
「・・・・・・。」
「今度の週末、一緒にスイーツ巡りのデートをすることになりました。岡咲さんのお陰です!ほんとにほんとにありがとうございました!!」
「・・・そうだったんですね・・・それはよかったです・・・」
その後、美和子と何を話したのかまったく憶えていない。
ただ頭が真っ白になり、大きな喪失感と敗北感に打ちのめされた。
その事実は、渚の心の奥底にあった湊への熱い想いを否応なしに引き出し、そしてノックアウトした。
完全一発KO負け・・・今更自分の気持ちに気づいても、もう遅い。
「なによ・・・優しくって気遣いが出来てって誰のことよ。私には悪態ばかりついてたくせに・・・。」
そんなことを口にしても思い出すのは、湊のさりげない優しさ、そして子犬のような照れた笑顔だった。
自分のなにが悪いのか、自分でも良くわかってる。
ここ一番というところで素直になれない自分。
人からの頼みを断れないええかっこしいの自分。
何が欲しくて何を手放したらいいのかを判断できない自分・・・
「でもさ・・・そこが渚の良いところでもあるんだよね。だからさ・・・元気出せ。」
華が渚の身体をひしっと抱きしめた。
「先輩・・・失恋の痛みは新しい恋で癒やすのが一番です。もう恋なんてしないなんて、絶対に言わないよ・・・とマッキーも言ってますしね。」
「もう無理・・・この先こんなに好きになれる人と出会える気がしないもん・・・」
「よし!今日は飲もう!とことん飲んで、コロッと次の女に乗り換えるような軽い男なんて忘れちゃいなさい!」
華は渚のグラスに日本酒「久保田」をなみなみに注いだ。
どんなに辛いことがあっても、夜眠れなくても、容赦なく朝日は昇り、出社時間が訪れる。
居酒屋「はな」で散々泣いた渚は、今まで以上に仕事に励もうと決意した。
もう私に誇れるものは仕事しかない。
仕事で人の役に立って、仕事で結果を出して、仕事で自分を幸せにするの。
私にはそんな生き方しか出来ない。
そんな悲壮感を漂わせ、がむしゃらに働く渚の姿を、宗像和樹は心配そうにみつめていた。
和樹はひそかに想いを寄せる渚が、誰よりも早く出社し、誰よりも物件に足を運び、誰よりも長く残業をしているのを痛ましく思っていた。
そんなとき和樹は同期の小山内美々に耳打ちされた。
「渚先輩ね・・・つい最近失恋したの。その日は泣いて大変だったんだから。強がっていても渚先輩はか弱い乙女。そんな渚先輩を励ませるのは宗像、あんただけよ!」
美々の言葉に和樹は心を決めた。
「渚先輩。お疲れ様です。」
和樹は残業してパソコンに向き合いキーを高速で打ち続けている渚の机に、カフェで買ったフルーツサンドとコーヒーを置いた。
「あ、宗像君、お疲れ。えっとこれは・・・?」
「差し入れです。渚先輩、夕飯まだですよね?」
「私の分も買ってきてくれたの?ありがとう!お腹空いてたんだよね。」
そう言って渚が財布を出そうとするのを、和樹は制止した。
「お金はいいです。俺のおごりです。」
「え?でも・・・。」
「たまには俺にも格好つけさせて下さい。」
「宗像君はいつも格好良いよ?」
「とにかく金はいりません。」
「・・・そうお?じゃあ遠慮無く頂くね。」
渚は申し訳ない気持ちで小さく頭を下げた。
「俺も隣に座って一緒に食べてもいいですか?」
「もちろん。」
和樹は渚の隣の席に座り、自分用のホットドッグを大口で頬張った。
そんな子供のような仕草の和樹を可愛く思いながら、渚も仕事の手を止め、フルーツサンドに手を伸ばしフィルムを剥がした。
「最近、宗像君残業多くない?ちゃんと休んでる?」
渚の言葉に和樹が怒ったように応えた。
「それはこっちの台詞です。渚先輩、働き過ぎです。こんな生活続けていたら、いつかは身体を壊してしまいます。もう少し休んでください。」
「うん。でも・・・私には仕事しか取り柄がないし。」
「そんなことないです!それは俺がよくわかっています!」
「・・・宗像君?」
いつも穏やかな和樹の強い言葉に、渚は目を瞠った。
「小山内に聞きました。渚先輩、最近辛いことがあったって・・・。そんな時にこんなこと言うのはずるいかもしれないけど・・・」
「・・・・・・?」
「渚先輩。俺と付き合ってください。」
「・・・・・・え?」
思ってもみなかった和樹の言葉に、渚は息を吞んだ。
「え?ちょっとまって?宗像君て、いまいくつだっけ?」
「27です。」
「私、もう30歳だよ?3歳も年上のオバサンだよ?」
「3歳くらいどうってことないです。今は恋人同士が10歳以上離れていてもおかしくない時代です。」
和樹はそう言って手の平を広げ、10本の指を立ててみせた。
「そうは言ってもね・・・」
「渚先輩は俺のこと嫌いですか?」
「嫌いじゃないよ?むしろ好感度高いよ?でも・・・私、宗像君のことそんな風に見たこと無くて・・・ごめん。」
「じゃあこれから俺のこと、そういう対象として考えてくれませんか?」
「・・・・・・。」
「とりあえず一回デートしてください。お願いします!」
そう頭を下げる真っ直ぐな和樹の言葉が、沈んだ渚の心に温かく染み渡った。
「わかった。わかったから・・・顔をあげて?ね?」
「やった!渚先輩、どこか行きたいところありませんか?」
和樹の問いに、渚はしばらく考え、そしてつぶやいた。
「・・・ジェットコースターで大きな声を出して叫びたいかも。」
「じゃあ、決まり!遊園地に行きましょう。」
そう言って和樹はにっこりと笑った。
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