第22話 渚、後輩女子の話に閃きを得る
居酒屋「はな」のカウンター席。
渚はグラスに入った麦焼酎「百年の孤独」を勢いよく喉に流し込み、はあああっと大きなため息をつき、カウンターに身体を伏せた。
美里と木之内惣が二重人格だと知ったことは衝撃だった。
奈央と美里の親子関係を修復させてあげたいのはもちろんだったが、渚がそれより心配なのは湊のメンタルだった。
美里以上に湊は、大きな罪悪感と責任感で押しつぶされそうになっている。
そんな湊の重荷をなんとか軽くしてあげたい・・・気がつくと渚はそのことばかりを考えているのだった。
「渚、こんなところで寝ないでよね。ここはあんた専用のカウンターじゃないのよ?ちょっとは遠慮ってものを考えなさい。」
カウンターの向こうから華の小言が飛んできても、渚は身じろぎもしなかった。
渚の隣に座っている美々が、口を尖らせながら華に訴えた。
「渚先輩、最近ずっとこうなんです。突然大きなため息をついたかと思えば、アンニュイな顔でどこか遠くを眺めて深く考え込んだりして。一体どうしたんでしょうね?ここんとこちょっとおかしいです。まあ、それでも営業成績トップを死守しているのが渚先輩のすごいとこなんですけどお。」
「恋でもしてるんじゃない?」
「えー?!そうなんですか?」
「前にイケメンと一緒に飲みに来たことあったのよ。なんだかとても親密なムードだった。」
「そっかー。渚先輩もとうとう春が来たかあ。」
「なに勝手なこと言ってんのよ。」
渚は顔を上げ、座った目で美々と華を睨んだ。
そんな渚に、華は柔らかい笑みを浮かべた。
「渚、何ひとりで悩んでんのよ?話してみなさい。」
「そうですよお。黙っているなんて先輩らしくもない。」
「・・・心配かけてごめん。でもそう簡単に話せることじゃないの。」
そうつぶやく渚に、美々と華は顔を見合わせた。
そんな湿った空気を吹き飛ばすように、美々が渚の肩を揺すぶった。
「じゃあ渚先輩の悩みはひとまず置いておいてぇ。私の笑い話を聞いてくださいよぉ。」
「なによ。笑い話って。」
「私、この前彼氏と喧嘩しちゃったんですよお。」
「喧嘩?あんたと公務員の彼氏、ラブラブなんでしょ?」
「まあそうなんですけどぉ。」
美々の話を要約すると、美々とその彼氏マー君はその夜スマホで通話をしていた。
するとスマホ越しに女性と思われる声が聞こえてきた。
その声は何度も「マー君♡」と大きな声で呼びかけていた、とのことだった。
「もう私ぶち切れちゃってぇ。私というものがありながら、なんで他の女と一緒にいるのって泣き叫んだんですぅ。」
「浮気されたってこと?そんな軽い男とは速攻別れなさい。」
渚は一刀両断した。
しかし美々は頭を横に振った。
「違うんです!それ、浮気じゃなかったんです!」
美々の嬉しそうな顔に渚は怪訝な目を向けた。
「じゃあなによ?」
「なんだと思います?」
「・・・・・・?」
「なんと!マー君が飼ってるオウムの声だったんですよぉ。」
「オウム?オウムってしゃべるの?」
「それがめちゃくちゃしゃべるんですよぉ。もう笑っちゃうくらい。マー君が飼っているオウム、モモコっていうんですけど、モモコのせいで私達、破局の危機迎えましたから。それくらい上手に話すんですよ。オウムって。」
「ふうん。」
「この前のお家デートで初めてモモコと会ったんです。それがとても可愛くて。それ以来通話口でモモコの声が聞こえてくると、思い出しちゃうんですよねぇ。モモコ、可愛かったなって・・・。」
「声・・・?」
「そう。声って不思議ですよねえ。記憶に残るっていうかぁ。」
「声・・・声・・・そうか!」
渚は美々の言葉に、
「そうよ・・・奈央君の声を美里さんに聞いてもらったら・・・もしかしたら」
「ナオ君・・・って誰ですかぁ?」
渚は首を傾げる美々のふくよかな両手を掴んだ。
「美々ありがとう!今度特上うな重奢る!」
「なんかよくわからないけど、わーい!」
美々の脳天気な声は、もう渚の耳には入ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます