第12話 渚、婚活女子と励まし合う
「岡咲さんのお陰でこんなに良い部屋にめぐりあえました!花柄の壁、可愛い出窓、しかもロフト付き。こういう部屋に住むのが夢だったんです!」
都心から電車で25分と少し利便性は悪いけれど、緑が多く治安も良い街に建つワンルームマンション「グリーンフラワーコーポ」の203号室に渚は顧客である
美和子は都内中堅食品会社の受付嬢として勤務している25歳、独身。
少し色素の薄い髪をポニーテールに結び、ハキハキとした口調の明るい人柄は誰もが好感を持つに違いなく、もちろん渚もその例外ではなかった。
「本当に本当に、ありがとうございます!一緒に住んでいた同僚が寿退社で引っ越してしまうので、急遽次に住むところを探さなきゃで・・・。こんなに良い環境で素敵な物件が早くに見つかるなんて思ってもいませんでした。ああ、嬉しいなあ。」
そう言って真新しい室内を見回す美和子を、渚は微笑ましく眺めた。
「堀内さん。部屋と人にも相性があるんですよ?あなたがこの部屋にふさわしい方だから、こういうご縁が巡ってきたんです。この部屋を可愛がってあげてくださいね。」
「はい!」
「ではご契約の説明を、駅前のカフェでお茶でも飲みながらお話してもよろしいでしょうか?もちろん当社の経費で落としますから。」
「ええー・・・そんなに甘えちゃっていいんですか?!」
「いいんですよ。気にしないでください。」
「じゃあ、遠慮なく。」
美和子を先に退室させ、渚はワンルームマンションの部屋の玄関ドアにしっかりと鍵をかけた。
階段を降りマンションのロビーを出ると、渚と美和子は初夏の光を浴びながら駅前のカフェへ向かった。
「駅まで10分ほど歩くことになっちゃいますけど大丈夫ですか?」
渚の問いかけに美和子は「大丈夫です。これくらい歩いた方がダイエットにもなりますから。」と言って半袖のブラウスからみえる柔らかそうな腕の肉をつまんでみせた。
少しぽっちゃりだが胸と腰のボリュームがある女性らしいフォルムの美和子を、渚は同性から見てもグラマーで色っぽいな、と羨ましく思った。
駅前のカフェはガラス張りで店内は空いていた。
ふたりは窓際の席に座り、チーズケーキとアイスコーヒーをそれぞれ頼んだ。
契約日や敷金礼金などの説明を一通り終え、渚と美和子の話題は自然とお互いの婚活状況へと移っていった。
美和子はシェアハウスをしていた同僚の結婚を心底羨むようにため息をついた。
「あーあ。私も本当はワンルームマンションじゃなくて婚約者と2LDKのマンションを探したかったなあ。」
そう素直な本音を吐き出す美和子に、「こらこら。いまさっき素敵なワンルームマンションの契約を決めたばかりですよ?」と渚は軽口を叩いた。
「えーだってえ。」
「でもお気持ちはよおくわかります。私も婚活中ですけど、なかなかこれといった男性と出会えませんよね。」
最近の渚は仕事に家庭教師にと忙しくなり、登録したマッチングアプリにも目を通さない日々が続いていた。
家族に一年以内に結婚してみせる、と言ってしまったあのときの自分の頭を思い切り引っぱたいてやりたいと思う渚だった。
美和子は届いたチーズケーキを口に入れてンッ!と声を上げた。
「このチーズケーキ美味しい!」
「どれどれ?」
渚も一切れチーズケーキを口に入れ、舌の上でゆっくり味わってみた。
「うん!美味しい。・・・でも」
「でも?」
「私、ある人が作るこれよりもっと美味しいチーズケーキをこの前食べちゃって。それ以来舌が肥えてしまってどのスイーツも今ひとつ物足りなくなっちゃって、ほんと困ってるんですよ。」
「へえ・・・贅沢な悩みですねえ。そのある人って、とても料理上手な女性なんですね!素敵。」
「いや・・・女性ではなくて・・・男性なんですけどね。」
「ええー?今流行のスイーツ男子ですか?料理上手な男性っていいですよねえ。もしかして岡咲さんの彼氏さん?」
そう羨ましそうな顔で上目遣いになった美和子に、渚はしかめ面してみせた。
「まさか!ただの知り合いですよ。彼氏だなんて冗談じゃない。」
「えー?それじゃあその方紹介してくださいよ。」
美和子の言葉に渚はゆっくりと首を横に振った。
「やめておいた方がいいですよ?その人、性格に難ありだから。堀内さんにはもっといい男がいますって。私が保証します。」
「そうなんですかあ?でも私、料理好きな男性と結婚したいなって夢があって。そしたら私は仕事を辞めて専業主婦になって、一生懸命家事をして子育てして暮らしたいと思ってるんです。そして休みの日には家族で手作りそばを打ったり、美味しいパンを焼いて過ごすんです。」
「ふーん。それはいいですねえ・・・」
あの男・・・連城湊も堀内さんのような女性を求めているんだろうな・・・
渚はアイスコーヒーを吸ったストローから口を離すと、小さくため息をついた。
「でもせっかく手に入れた正社員の座ですよね?本当に辞めちゃうんですか?」
渚がそう改めて問いかけると、美和子はコロコロと笑った。
「もちろんですよ!受付嬢は会社にとっても若い子がいいんだろうし。それに片手間で出来るほど主婦の仕事って簡単じゃないと思うんです。子供のこともちゃんと見てあげたいし・・・。岡咲さんは?」
「私は・・・この仕事が好きですし、結婚しても子供を産んでも続けていきたいと思ってます。」
でも結婚自体出来るかどうかわからないけどね・・・と渚は心でつぶやく。
「そうなんですね。岡咲さんなら出来ますよ。お互い婚活頑張りましょうね!」
「そうですね。頑張りましょう!」
渚と美和子はそうお互いを励まし合った。
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