第10話 渚、バイトを引き受ける
「奈央は俺の義姉、美里のひとり息子だ。俺の父親と美里の母親は連れ子同士の再婚だから、俺と奈央の血は繋がってはいない。けどな、奈央は俺にとって大事な甥だ」
湊のその真剣な表情に嘘は無いようだった。
「その美里さんや奈央君のお父さんは、あの家にはいないの?」
「美里は未婚の母だ。だから奈央の父親はいない。美里は・・・。」
そう言い淀み、湊は次の言葉を慎重に選んでいた。
「美里はある理由で家を離れている。今はそれしか言えない。」
「そう・・・。」
よっぽど複雑な事情があるのだろうと察し、渚はそれ以上追求しなかった。
「あの家には奈央の他に、奈央の身の回りの世話をする絹さんというハウスキーパーがいるだけだ。だからよっぽど仕事が立て込んでいるとき以外は、俺もあの家に戻ることにしている。俺には奈央をしっかり躾ける責任がある。奈央には一人前の男になり幸せになってもらいたい。そのためにはちゃんとした大人に育てなければならない。そう思っているんだが、俺も体育会系の男だからな・・・どうやら厳しく教育しすぎてしまったらしい。今や必要最低限のことしか俺と会話してくれない。ほとほと困っているのが現状だ。」
「なるほどね。大体想像がつくわ。」
渚は小さくため息をつき、肩を竦めた。
「テストで良い点を取ってきた時や、お手伝いをしてくれたとき、ちゃんと褒めてあげてる?」
「・・・心では良くやってると思ってはいるが口には・・・だってそんなことは当然だろ?それに俺は父親に褒められたことなんかない。」
「あなたが厳しい環境の中で自分を鼓舞して育ってきたことは賞賛に値するけれど、それを奈央君にも求めるのは可哀想よ。子供は褒められるとうんと嬉しいものなの。また頑張ろうって思うものなのよ。褒めて伸ばすことを意識しながら接していけば、奈央君は連城さんに少しづつでも心を開いていくと思う。そんな情けない顔しないで頑張って!叔父さん。」
すると湊は伏せた目を上げて意味ありげに渚をじっとみつめ、渚はその眼光の強さにたじろいだ。
「な、なに?」
「そこで・・・だ。本題はここからなんだが。」
まだ本題に入ってなかったの?!
「お前に奈央の家庭教師を頼みたい。」
「・・・は?!」
「奈央はお前のことをあれからずっと気にしている。渚ともう一度会いたい、遊びたいと俺に訴えてくる。」
「・・・・・・。」
「俺も奈央のそばにお前のような人間がいてくれたら何かと安心だし・・・正直な話、お前を家に連れていけば奈央は俺のことを少しは見直すかもしれない。」
「あきれた!自分の好感度を上げるために私を利用するってわけ?」
「金なら弾む。ちょっとした小遣い稼ぎにもなるだろうし、お前にとっても悪くない話だと思うが。」
「見損なわないでよ。お金の為だけに動くほど、私暇じゃないの。」
「・・・・・・。」
「ひとつ条件がある。」
「なんだ。言ってみろ。」
「私が家庭教師に行く日の冷蔵庫の中に、必ずあなたの手作りスイーツを入れておいて。私、あなたの作ったチーズケーキの味が忘れられないの。」
渚の言葉に湊はまんざらでもない顔で笑った。
「そんなことか。わかった。必ずお前の為にスイーツを入れておく。」
「言っておきますけど、この話を受けるのは決してあなたの為ではないですからね。奈央君が心配なだけだから。そこを勘違いしないでよね。」
湊の目の前に人差し指を突き差しながらそういい放つ渚に、湊は苦笑した。
「わかってるよ。ほんとお前、素直じゃないな。」
「じゃ、交渉成立ってことで。」
「ああ。よろしく頼む。」
渚が右手を出し、湊もその手をしっかりと握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます