第8話 渚、チーズケーキに舌鼓を打つ

だからどうしてこうなった・・・


渚は引きつった笑みを浮かべながら、チーズケーキを頬張る目の前の奈央をみつめた。


フランス料理のフルコースを食べた後だけれど、残すのも悔しいと思い、渚もフォークに刺したチーズケーキをぱくりと口にした。


そしてその瞬間脳内にハープの美しい音色がポロロロロン・・・と鳴り響いた。


「美味しい・・・!!」


そのチーズケーキは濃厚かつしっとりとした味わいで、控えめに言っても今まで食べたチーズケーキの最高ランクと言っていいほどに美味しかった。


ただ、その作り手は最高に気に食わないけれど。


でも食べ物に罪はない・・・そう思い直し、渚はゆっくりとそれを味わった。


その憎き相手はソファで足を組んで座り、新聞を読むふりをしながら渚と奈央の様子をちらちらと伺っている。


フランス料理店で向き合っていた時の湊は、ストライプのシャツに濃紺のネクタイ、そしてオーダーメイドと思われるグレーのジャケットで決めていたが、今はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイも緩めている。


そんなオフの姿も悪くはない。


しかし・・・性格が残念過ぎる。


この男がその端正な容姿を生かせず、いまだにマッチングアプリなどで彼女を探しているのは、きっとその傲慢な態度が原因なのだ、と自分のことは棚に上げて渚はそう断定した。


本当はすぐにでもここから立ち去りたいと思う一方、どうせならこの状況を楽しんでやろうと、渚は半ば自棄になっていた。


奈央はどうして叔父である湊をそんなにも嫌っているのか?


赤坂の高級マンションに暮らしているはずの湊がどうしてここにいるのか?


そして奈央の母親は?


日頃から好奇心旺盛な渚の視線が奈央から湊へ、湊から奈央へ、とキョロキョロ動いた。


「渚。ケーキ食べ終わったら僕の部屋で遊ぼうよ。ゲームでもしない?僕、沢山のゲームソフト持ってるんだ。渚はどんなゲームが好き?」


「そうね。格ゲーとか好きよ。学生の時は妹とよく対戦したの。最近は忙しくてあまりやってないけど。」


「格ゲー!いいね!やりたいやりたい!」


「うん。やろうやろう!」


するとすかさず湊が、威圧的な声で渚と奈央の会話に割り込んできた。


「奈央!宿題はやったのか!?家に帰ったらすぐに宿題を終わらせる約束だろ?こんなよく知りもしない年上の女と遊んでる暇があるなら、宿題をしろ!」


湊の言葉に奈央は不機嫌な顔で黙り込んだ。


さらに湊はその尖った声を渚に向けた。


「お前もお前だ。いくら奈央に呼ばれたからって普通家の中まで入ってくるか?」


渚は口に含んでいたチーズケーキを飲み込むと、平然と答えた。


「あら。私は奈央君の友達よ?友達の家に遊びに来てなにが悪いの?それによく知りもしないって・・・私あなたには職業、年齢、星座、血液型から好きなブランドまでお教えしましたけど?それとあなたのご自宅は赤坂にある高級マンションなんじゃありませんでしたっけ?ついさきほどそうご自慢されてましたよね?」


「もちろん赤坂のマンションにも住んでいる。仕事で帰れなかったとき用にな。それにそう言った方が女受けがいいんだよ。現にお前だって目を輝かせて聞いてただろうが。」


「それは私が不動産の仕事をしてるから、赤坂のマンションってどんな感じかなぁ?ってちょっと興味が湧いただけですけど?」


「渚。こんな奴の相手をする必要はないよ。さ、僕の部屋に行こう!」


奈央はチーズケーキを食べ終わるとスクッと立ち上がった。


「あっおい!こんな奴ってなんだ?俺はお前の叔父だぞ!」


「そういうことなので。チーズケーキ美味しかったわ。ご馳走様でした!」


渚はそう言い捨てて、奈央の背中を追った。




「ねえ。どのゲームにする?」


奈央はクローゼットの扉を開き、その奥からブルーのボックスを取り出した。


蓋を開くとなるほど、沢山のゲームソフトが整然と納められている。


そのソフトをじっとみつめ選んでいる奈央の肩を渚はポンと叩いた。


「ねえ、奈央君。ゲームする前にやっぱり宿題を終わらせちゃわない?」


渚の言葉に奈央はがっかりした様子で肩を落とした。


「渚も湊と同じこと言うんだね・・・」


「だって悔しいんだもん。あの男・・・叔父さんにあとで怒られる奈央君を私は想像したくないよ。だったらやるべきことを終わらせて、それからゆっくり遊ばない?その方が楽しめると思うの。」


「・・・・・・。」


「奈央君は好きなものを先に食べる?最後にとっておく?」


「・・・最後に食べる。」


「うん。楽しみはとっておく方がいいもんね。」


「うん。」


「あのね。私、こう見えても勉強を教えるの上手いの。私、大学生のとき家庭教師のバイトしてたんだから。」


「・・・そうなの?」


「そうよ。自慢じゃないけど私の教え子、みんな成績が上がったんだから。で、今日はなんの宿題が出ているの?」


「算数・・・」


「そっか。じゃあちゃちゃっと終わらせちゃおう!」


「うん!」


それから渚は奈央を勉強机に座らせ、宿題のプリントに向かわせた。


ゆっくりと問題を解く奈央を辛抱強く見守り、答えが合っていたら褒め、間違っていたらどうしてその答えになったかを考えさせ、正しい答えに導いた。


私立の小学校だからか、小学生にしては少し難しい問題が多かった。


「そうそう。その公式をつかえばいいの。」


「もう一回やってみようか。」


「うん。うん。よく出来たね。」


渚は家庭教師のバイトをしていたときも、徹底的に褒めて伸ばす教え方を実践してきた。


奈央の険しかった表情も、問題が解けるたびに柔らかくなっていく。


そして全部の問題が解き終わり、二人で万歳をした。


奈央がプリントをランドセルに仕舞うのを確認し、渚はゲームのリモコンを持った。


「よーし!じゃあゲーム対決しようか。負けないわよ?」


「僕だって負けないよ!」


渚と奈央は声を出して笑いながら、ゲームを始めた。


その様子を部屋の扉の向こうで、湊が聞き耳を立てているのを、渚はまだ知るよしもなかった。



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