第5話 渚、婚活宣言する

「ただいまぁ。」


「なぎさおかえりなさい!」


渚が自宅の玄関のドアを開けて声をあげると、真っ先にピンクのワンピースを着た姪の穂波が廊下から走り寄ってくるのが見えた。


長い髪をツインテールにした穂波が渚に抱きつく。その姿はまるでマルチーズみたいだ。


たまらなく可愛くてつい口元が緩む。


渚は「ほなみーただいま!」と微笑みながら、まだ幼い穂波の頬をつついた。


妹の娘である穂波は6歳、つい先日小学校へ入学したばかりだ。


なぜか穂波は赤ちゃんの頃から渚になついていて、隙あらばべったりとくっついてくる。


もちろん渚もたったひとりの姪である穂波に首ったけで、休みの日には穂波と一緒に公園へ散歩に行くのが楽しみのひとつとなっていた。


穂波と手を繋いでリビングに入ると、ダイニングテーブルに座った母汐子と妹の夏海は、大福をかじりながらテレビ画面に釘付状態だった。


「おーい。渚さんのお帰りですよぉ。」


そう言って存在をアピールするも二人の反応はない。


「おーい。」


「しっ!静かにして。今いいところなんだから。」


夏海が人差し指を口に当てて、渚を睨み付けた。


テレビ画面を改めて見ると、若手実力派俳優とアイドルあがりの若手女優が、夕焼け沈む海辺でお互いを熱くみつめあっている。


『ユカ・・・もう離さない。』


『タケルくん・・・好き。』


そして抱擁、からのキス。


「きゃああああ!」


汐子と夏海が同時に黄色い声をあげ、渚は一歩身体を引いた。


「ママー。なんでこのふたり、チューしてるの?」


穂波が夏海の腕を揺さぶりながら聞くと、夏海がそれにゆっくりと答えた。


「それはね、二人がラブラブだからよ。」


「ラブラブ?愛し合ってるってこと?」


「そうよ。愛し合ってるの。」


「パパとママも愛し合ってるの?」


「もちろん。」


「じゃあチューする?」


「もちろん!」


幼い娘になにをカミングアウトしてるんだ!


しかし穂波も穂波だ。


愛し合うなんて言葉、どこで覚えてきたんだろう、と渚は穂波にいぶかしげな視線を投げた。


「あら。お帰り渚。いつ帰ってきたの?」


汐子が今気づいたというように、渚に声をかけた。


「さっきからただいまって言ってましたけど?」


「遅かったじゃない。もしかしてデート?」


「・・・・・・。」


渚が言いよどんでいると、夏海がにやにやしながら甲高い声をあげた。


「んなわけないじゃん。おねえは今日もどうせ華ちゃんの店で飲んできたんだよね?」


「そうだけど?悪い?」


「お姉さ、そろそろ彼氏作りなよ。せめて一人暮らししたら?お母さんに一切家事をまかせっきりでさ、結婚したらどうするの?ご飯作れる?そんなんで主婦になれんの?ちゃんと将来のこと考えてる?」


「夏海だって毎日実家へ顔を出して、晩ご飯を食べに来るじゃない。そんなんで主婦してるって言える?」


渚も負けじと応戦するが、穂波という切り札を持つ妹相手に勝ち目はなかった。


「いいじゃん。それが二世帯住宅のいいところだもん。お母さんだってお姉だって毎日穂波の顔見れて嬉しいでしょ?」


「・・・それはそうだけど。」


それを言われると弱い。


「とにかくちゃんと考えなよ?」


「うるさいなあ。考えてるって。」


彼氏作りなよとか結婚したらとか、アイスクリーム買ってきなよみたいなノリで簡単に言わないで欲しい。


そりゃ夏海は付き合って3ヶ月で出来ちゃった婚して、恋愛、結婚、妊娠、出産を高速で走り抜けたんでしょうけど、私はそんなに器用じゃないの。


そうふてくされたまま黙り込む渚を、汐子はさらに追い込んだ。


「隣の美鈴ちゃんは来年の秋に結婚だって。パート先のここみちゃんも3ヶ月後にはママになるし。さて渚はいつになったら可愛い孫を抱かせてくれるのかしらね?」


「お母さんまで私を急かさないでよ。私は夏海と違ってそういうことはじっくり考えてから行動にうつすタイプなの!」


「そう?じゃあ結婚する気はあるってことね?お母さん心配してたのよ?渚がおひとり様でいい、なんて言っているのをずっと聞かされていたから。」


「それは・・・いい人がいれば私だって・・・。」


「ふふふっ。楽しみだわあ。」


そう言うと汐子は冷めたお茶をズズズッと飲み干した。


ああ、どこに行っても彼氏を作れ、結婚しろと責められる。


でも私ばっかり盛り上がっても、肝心の相手がいないんじゃ仕方ないじゃない。


ねえ、どこにいるの?私の王子様。


「じゃあさ。お姉が結婚相手に外せない条件ってなに?」


夏海が興味津々という顔で渚に質問し渚は即答した。


「家事育児を率先してやってくれる人。だって私結婚しても子供が出来ても仕事を辞めるつもりないから。」


「ふーん。」


「さらに言えば・・・顔はあっさりめがいいな。塩顔っていうの?背もできれば高い方がいいし。一流企業じゃなくてもいいけどしっかり稼いで来て欲しいかな。あとは・・・浮気は絶対にしない人!」


渚の言葉に汐子と夏海はやれやれと首を振った。


「なによ。そのリアクション。」


「お姉さ。そんな優良物件と巡り会えるなんて奇跡だよ?もっと現実を見た方がいいよ?」


「渚。お母さんお見合い相手みつけてこようか?あんた一人で相手みつけられないでしょ?」


「は?私だって結婚相手のひとりやふたり、自分でみつけられるし!一年以内に結婚だってしてみせるし!」


汐子の言葉にプライドを傷つけられた渚はそう啖呵を切った。


「ほほう。一年以内ね。」


「ちゃんと聞いたからね。」


売り言葉に買い言葉で、出来もしない大見栄を張ってしまったと後悔しても時すでに遅し。


渚はしぶしぶ真面目に婚活を励む羽目になった。







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