第4話 渚、後輩女子に出し抜かれる
「で?その彼氏とはどこで知り合ったわけ?」
切り子細工の模様が美しい青いグラスをまじまじと眺めたあと、その中身である芋焼酎霧島を一気飲みした渚は、酔いでとろんとした目をカウンター席の隣に座る美々に向けた。
ここは渚が週に一度は通う和風居酒屋「はな」
カウンターと座敷の席が4つというこぢんまりとした店内だが、焼き鳥とおでんが絶品だという熱烈な常連が少なからず存在し、店はいつも満席状態だ。
渚はその常連の中でもかなりの古株に入る。
なにせ店主の大谷華とは高校時代からの友人で、店の開店準備も手伝った仲だ。
開店当初はこの店にせっせと知り合いを連れて行ったものだけれど、今はもう十分賑わっていて、渚はそのことに喜びを感じていた。
「えー?それ聞いちゃいます?」
そうもったいつけながら身体をくねらす美々の耳たぶを、渚は思い切り引っ張った。
「いだだだだだ!」
そう叫ぶ美々の肩にぐいっと腕をまわし、容疑者に自供を促す鬼刑事の如く、渚は低音ボイスで囁いた。
「ほら、吐け。全部吐いて楽になりな。」
「近い近い!わかりましたってば!」
「ごめんねえ、美々ちゃん。この人酔うといつもこうなのよ。許してやって。」
カウンターの向こうから、華がにこやかに笑いながら渚の頭を引っぱたいた。
「痛っ!何すんのよ華。」
「可愛い後輩をいじめるんじゃないよ。美々ちゃんはうちの店の大事なお客様なんだから。」
「はあ?私だって大事なお客様の一人でしょーが。それに、いじめてないわよ。可愛がってんのよ。ねえ美々?」
「はいっ!渚先輩にはいつも仕事を助けてもらったり、セクハラ上司から守ってもらったり、お世話になってます。」
「ならいいけど。おい渚、それ以上飲み過ぎないでよ。あんたの介抱大変なんだから。」
「いいから華。同じのお代わり!」
「はいはい。しばしお待ちを。まったく・・・言ってるそばからこれだもんねえ。」
華はそう言ってそっとふたりの間にサービスのつくね焼きを置くと、また厨房へ戻っていった。
そんな華の姿を目で追いながら美々は羨望の眼差しを向けた。
「華さん・・・素敵ですよね。店主でありながら夫を支える良き妻、そして優しいママ・・・理想です。」
華は3年前に結婚し、今は一歳児の母親だ。
周りの手を借りながら、母親業と居酒屋「はな」のオーナー業を上手くこなしている。
「それはそうよ・・・。華は私の自慢の友達なんだから。」
渚はまるで自分が褒められたかのように、鼻高々に胸を張った。
そんな渚を尻目に美々はおもむろにバッグからスマホを取り出し指でタップすると、その画面を渚の目の前に差し出した。
「渚先輩。これです。ここで私、彼氏と出会いました。」
渚はスマホ画面に映し出されたサイトの文字を読み上げた。
「ふーん。なになに・・・ラブ・キューピット・・・理想の相手が必ず見つかる・・・登録人数業界ナンバーワン・・・ってこれマッチングアプリ??」
「はい!」
「イヤよ。こういうところってどうせヤリモク男しかいないんでしょ?一回ヤったらぽいなんでしょ?女をなんだと思ってるのかしら。冗談じゃない。」
「そうやって始めるまえから決めつけるのは早いです。そりゃそういう男もいますけど、真剣にお相手を探している真面目な男性もいるんです。私の彼氏のマサ君みたいに。」
「マサ君て・・・ラブラブか!」
「マサ君、彼、吉永雅彦っていうんですけど、区役所の職員なんです。今は国民健康保険の係に配属されてて。真面目な人でまだ手を繋いだこともないんです。」
「ふーん。公務員か。将来のことを考えたら悪くないスペックではあるわね。」
渚は美々の言葉に興味を持ち、真面目に耳を傾けた。
「この前は水族館でいるかのショーを見に行ったんです。最前列に座って大きな水しぶきが飛んで二人とも濡れちゃって。でも彼、タオルを持参してて私の頭を優しく拭いてくれたんですよお。」
そのときのことを思い出したのか、美々は幸せそうに胸に手を当てにんまりと微笑んで見せた。
「へ、へえー。Myタオル持参とは用意のいいことね。」
そう悪態をつきつつも、渚の心は揺らいでいた。
渚の最後の恋人は23歳のとき・・・7年前に付き合った隼人という銀行マンだった。
真面目な男ではあったけれど、デートの支払いを1円単位で割り勘にする細かいところに嫌気がさし、そうなると全てのことが気に障るようになり、エッチどころかキスもせずたった3ヶ月で別れてしまった。
気楽なおひとり様を貫こうと思ってはみるものの、本音をいえばやっぱり恋のトキメキが欲しい。
しかもとうとう美々にまで先を越されてしまった。
美々だけは私と同類だと思っていたのに。
ちょっと前までは渚も合コンに進んで参加していた。
けれどなぜか渚を落とそうという男は出てこず、渚からアプローチしたい男も現れない。
スタイル維持には力をいれているし、ナチュラルメイクで透明感には気を遣っているし、正直容姿は並の上だと自負している。
なのになんで?どうして彼氏が出来ないの?誰か教えてよ・・・
そんな渚の心の声が聞こえたかのように、その答えを美々は端的に言葉にした。
「渚先輩は私と違ってスタイルもいいしオシャレだし、顔だって可愛い。なのにモテない。どうしてか自分で自覚してますか?」
「・・・さあ?自覚してたらこんなことにはなってないわよ。徹底的に対策を練って彼氏をゲットしてみせる。」
「そういうところですよ。恋は仕事とは違うんです。渚先輩はなんでもズバズバ言いすぎなんですよ。相手の急所を的確に正論で突いてしまう・・それじゃあ男性は引いてしまいます。例えば男性が夢を語るじゃないですか。そういう時は相手に合わせて素敵ですねーって言っておけばいいんです。」
「だって・・・現実的なプランもないのに大きなことばかり語っているのを聞くとイライラするのよ。いつまでに、どういう計画で、どれだけのコストをかけてその夢を実現するかまったく考えてないなんて甘過ぎない?」
「だからそういうとこですよ!」
「でもそれが私なの!」
渚は美々が肩を竦め、大きな口で焼き鳥にかぶりつくのを見ながら、グラスに残っていた芋焼酎霧島をグイっと飲み干した。
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