第18話 精神面のケア
「あの、副店長、さっきのって……」
警察の人に連れられていくセーラー服の後ろ姿。
あたしにはそれが青葉だってすぐわかった。
だけど、なんて声をかければいいのかわからなくて、ただ見送ることしかできなかった。
「まあ、見てのとおりだよ」
少し気まずそうに副店長が言う。
その顔を見て察した。
もしかしたら、副店長は青葉とあたしのつながりを知ってるのかもしれない。
だから、青葉を捕まえたことを申し訳なさそうにしているのかも。
「えっと、あたし、休憩上がりましたんで、これからレジに……」
いたたまれなくて、さっさと仕事に戻ろうとしたあたしを、まず榊原主任が引き止めた。
「水渡はちょっと、落ち着くまで休んどいて」
主任の口調はそんなにキツくはなかったけど、まるで自分が要らない人間だと言われたみたいでショックだった。
「えっ、あ、あたしなら大丈夫です。もうすぐピークタイムだし……」
「だからだっての。お客様が多いときにミスったら、余計にテンパるだろ」
「レジに入るのは、普段どおりだと断言できる状態になってから。いいね?」
と副店長にも念を入れられる。
上司二人にそろって
「……わかりました」
ピークタイム前の休憩室にいるのはあたしだけで、それが余計に置いてけぼり感を強くする。忙しい時間に役立たずだなんて、何やってるんだろ、あたし。
孤独感とか無力感とか失望感とか、ネガティブな感情がかたまりになって押し寄せてきて、見下ろしていたテーブルの上の木目模様がぼやけてくる。まずい、と思って顔を上げるのと同時に、休憩室のドアが開いた。
「さーて、仕事は優秀な部下たちに任せて、私はのんびり休憩しようかな」
副店長は心にもないことを言いながら近づいてくると、あたしの向かいの席に座って、テーブルの上に紙パックのコーヒー牛乳を置いた。
「なんですかこれ」
「差し入れだよ。好きだろう? コーヒー牛乳」
「銘柄が違います」
「それは失敬。……好みの銘柄以外は絶対に飲まないというポリシーの持ち主だったりするのかな?」
「そんなことないです。ありがとうございます」
コーヒー牛乳を手に取って、付属のストローを飲み口に刺そうとして――上手く刺さらなくて、そのうちストローがぐにゃりと折れてしまう。
あたしはあきらめてストローを置いた。
「青葉は、どうなるんですか」
「特にどうともならないだろうね。五回も十回も前科があるならともかく、再犯くらいなら非行歴がついて終わりだよ」
「そっか、よかった……、あ、その、青葉のやったことを甘く考えてるわけじゃなくて」
あたしは顔を振って、あわてて言い訳をする。
副店長は、気にしなくていいよ、って顔で軽く笑う。
「友達の罰が軽くて安心するのは悪いことじゃない」
「友達って、青葉が言ってたんですか?」
「赤の他人だったらそこまで動揺しないんじゃないかな」
「あたしは、青葉を裏切ったんです」
「……それはまた物騒だね」
軽い口調で応じつつも、視線は続きを促してくる。
あまり言いたくはなかったし、たぶん黙っていたら副店長はそれ以上追及してこないだろう。だけど、仕事場でも私生活でも迷惑をかけているんだから、せめて、事情のひとつくらい話すべきだと思った。
「中学校が大嫌いだったんです。ガラが悪くて頭も悪くて、話の通じない生徒ばかりで。でも、このままだと高校も似たようなとこしか入れないってあるとき気がついて、必死に勉強したんです」
「そして進学校の伯鳴へ入学したと」
「はい」
「がんばったんだね。現状をただ嘆くのではなく、そこから脱出するために努力できるのは、すごいことだと思うよ」
「あ……、ありがとうございます」
あんまりやさしい声で、あんまり真っすぐにほめるものだから、うっかり声が上ずってしまう。副店長に照れさせられてしまうなんて、なんだか悔しい。
「……中学であたしが虐めを受けずに済んだのは、青葉がいてくれたからです。青葉は人当たりがよくて、男子ウケするための言動を心得てるみたいな節があって……、だからあたしみたいなガリ勉女が、あんな場所でも虐めの標的にならずに済んだんだと思います。ガリ勉っていっても、あくまであの中学での尺度ですけど」
「三ツ森さんとは進学先が別々になってしまったわけか」
「はい」
「もしかして、進学先を黙っていた?」
「……はい」
「なるほど」
と短く副店長はつぶやく。
――それは確かに裏切りと思われても仕方ないね。
そう言われているような気がした。
あたしもその薄情さは自覚していて、だから、先日のようにチクチク嫌味を言われるのだって、自業自得とあきらめてもいた。
「……でも、バイト先にまで嫌がらせをされるとは思わなくて」
青葉が警察に連れていかれたのはもちろんショックだったけれど、それ以上にあたしは、青葉から向けられている敵意の大きさに、身がすくんでしまったのだと思う。
「誰かに嫌われるっていうのはキツイよね」
その言葉にはとても実感が込められていたから、あたしは反射的に聞いてしまう。
「副店長も?」
「ああ。例えば、数量制限3つまでの特売品を10個もかごに入れているお客様がいてね。ご遠慮くださいって声をかけたら、かごから3つ商品を取って、残りはその場に放置して、ケチくせえな、って捨て台詞まで吐かれたことがあるよ」
「それはそのお客さんがアレなだけじゃないですか」
「この話にはまだ続きがあってね、そのお客様はレジで会計を済ませて店を出て、車に荷物を置いて、また同じ特売品を買っていくんだ」
「うわぁ……」
「しかも、わざわざ遠回りして私のところまでやってきて、ドヤ顔でその商品を見せつけたりしてね」
「それ一周まわって副店長のこと好きなんじゃないですか?」
「うーん嬉しくない……」
そうつぶやく顔が本当に嫌そうで、あたしは声を出して笑ってしまう。
副店長も苦笑いしつつ、
「話が逸れたけど、まあ何が言いたいかというとだ、生きているとちょっとしたことで嫌われたり、悪意を向けられることもあるってことさ」
「でも、それを気にせず生きていくのは、あたしには、難しいです」
特に今回の一件は、まだ、笑い話にはできないくらい重い。
「いい歳をした大人だってそうなんだから、多感な年ごろだとショックはもっと大きいだろう。気にするな、なんて軽はずみなことは言えないよ」
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
「マイナスにプラスをぶつけてトントンにする」
「プラスって……?」
「要は気晴らしさ。社会の荒波に揉まれるうちに、大人は誰しも、不条理と折り合いをつけるすべを身に着けるんだ。水渡さんにも特別にレクチャーしてあげよう」
副店長は下手くそなキメ顔をあたしに向ける。
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