第8話 恋愛作戦第二号‼︎
さて、当の葵さんはというと…
「もぉ…いやぁ…」
メソメソメソメソ………
涙の池を作っておったとな…
「まさかあんな事になるとは…」
「運がないというか何というか…」
「羨ましいかぎりだのぉ…」
「「あ゛⁈」」
「何でもございません…」
「初対面にしても恥ずかしすぎるなぁ…」
「うわぁ〜ん、言わないでよぉ〜」
「しかし、困ったわねぇ…
アレが決まらなかったとなれば
打つ手がないじゃない…」
「そうかねぇ…
アレの方がまどろっこしかった様な
気がするけどなぁ…」
「ほぉ〜団吉くん、
何やら秘策ありという感じですなぁ」
「秘策ってほどの事じゃないけど…」
「言ってみなさいよ…先生怒らないから」
「……自分が命の恩人だって伝えてみる…
とか…」
「…なんでぇ〜そりゃあ‼︎」
「……やっぱり、だ…」
「すっごく良いじゃない‼︎」
「へぇ?」
「それよそれ!高校一年生の春という
関係構築が最も重要な時期において、
以前、何処かで会っていたという
優位性を活かしつつ、
命の恩人という何か恩返ししなければ
という欲求を刺激しつつ、
僕の命を大切に思ってくれる
女の子がいたのか…
これは何より大切に
思ってくれているだけでなく
わざわざ会いに来てるんだから
彼女は僕の事を好きに違いないという
治らぬ中二心と勘違いを引き出せる
完璧な作戦よ!」
「な…なんか急に長文だけど…
採用ってことでいいんか?」
「その通り!アオちゃん、
ソッチの方向でいくわよ!」
「えっ…あ…うん……」
「資料にもある様に目標は
多少のスケべ心があり、
好意的な態度を取る女性と
関係を築こうとしている節がありますが
再びの接触失敗を許す訳にいかず、
ここは作戦強行を進言します。」
「まぁ…今のうちに叩くべきかねぇ」
「という事で爺さん、アオちゃんと私はやるとなれば徹底的にやります。」
「……まぁ…好きにすれば
ええんじゃないかのぉ…」
「わかりました、コーチャン‼︎」
「行ってまいりまぁす…」
「下校途中の目標を確認!距離1600‼︎」
「こ…ここでするのね…」
「緊張しなくてもいいのよ、
練習通りにすればいいの…」
「目標間もなく接触地点に到着」
「よぉ〜し…作戦開始!いってらっしゃい‼︎」
「はいっ!」
康介が丁字路に差し掛かる直前に
葵がひょっこりと顔を出した。
バクバクと頭の先まで伝わる鼓動と
胃が裏返るような緊張を感じながら
一歩ずつゆっくりと歩み続ける。
何だか目が潤み、
手も震えているように思えた。
憧れのあの人が目の前に
近づいてくるので、何とも落ち着かない。
「あっ、あの‼︎」
「⁉︎……は…はい…」
「…い、いきなり声をかけてごめんなさい…
私の事、覚えていますか…」
「え、えぇ…まぁ…」
「本当ですか⁈嬉しいですっ‼︎」
「あんまりこう聞くのも…
ちょっとなんですけど…」
「?」
「この前、その……
目の前で思いっきり転けてた人ですよね?」
「‼︎」
顔から火が出る勢いで
葵の顔が真っ赤に染まった。
「…は……はい…」
「やっぱりそうでしたか……」
「…あ、あの時はびっくり
させちゃってすいません…」
「いえいえ、こちらこそいきなり転けてた
とか言っちゃって…
あの後ケガとかありませんでした?」
「えぇ、心配してくれて
ありがとうございます…それはそうと…」
「?」
「いっ、一緒に…帰りませんか?」
「いいですよ、駅まで歩きましょうか」
「はいっ!」
勢いよく葵は応えた。
「ご覧なさい団吉!あの娘やったわ!
やったわよ‼︎」
「本当…話すことすら
おぼつかなかったのに……」
「よぉ〜し、作戦段階フェーズ2へ移行!
直ちに配置につくわよぉ〜」
「おい、本当にやるのかよ⁈
このまま見守ってていいんじゃないのか?」
「甘い!甘いわよ!
相手にうっすらと気づかせてこそ
命の恩人という事実が
心に染み入るモンなのよ」
「それはそうかもしれんが…
ってオイ!待てよ‼︎」
日が暮れ始め、空が鮮やかな橙色
に染まっていく中を
若い男女が駅に向かって
ゆっくりと歩き続けていた。
2人は互いにどこに住んでいるのか、
どの学校に通っているのか
時には愚痴も織り交ぜながら、
睦まじくそれでいて他愛のない
会話を交わしていた。
どちらかが笑えばもう片方の
微笑みが返ってくる光景は
正に青春の1ページと言って差し支えない。
しかし、そこに怪しい影が近付いていた。
事件は再び丁字路で起こった。
2人の談笑を断ち切る怪しい影が
大きな唸り声とともに現れた。
グルォォォ‼︎
おぉ、何という事だ!
眼前に現れたのは異形の怪物、
筆舌に尽くし難いほどに
不定形で無秩序な有様で
この世のモノとは思えない
化け物が日も沈みかかっていた
通学路に突如として現れた。
あえて一言感想を述べるとしたら
「グロし‼︎」の一言に尽きる。
さて、何故いきなり異界の怪物が
2人の前に顕現したのか、
賢明な読者諸君ならお気付きだろう、
これこそ本作戦のフェーズ2こと、
葉子と団吉が変化した妖怪である。
肝試しのあの夏のように、
気絶した康介を葵が助け、
あの日出会い接吻まで交わした
命の恩人だと気付かせるための
葉子のアイデアだった。
キャアアアア‼︎
予定通り1人を気絶させる事に
成功した。
予想していなかったのは
倒れたのが葵の方だったという点だけだった。
「ヤバッ‼︎」
葉子がそう考えた時には後の祭り、
すっかり葵は気を失い、
康介がその体を優しく受け止めていた。
とりあえず何処かへ逃げねばと
考えるが早いか、団吉も康介も
女の子を背負って一心不乱に
その場を離れた。
「……っ…うぅん…」
すっかり暗くなった濃紺の空と
それを照らす電灯の月を視界に捉えて、
葵が目を覚ました。
「大丈夫?」
スッと康介の顔が
葵の顔を覗き込んだ。
「えっ……う、うん…」
紅顔の好青年が思った以上に
近くに現れたので
やや心臓がキュッとしたが
それも手伝ってか、
比較的早く意識がハッキリとしてきた。
どうやら近くの公園のベンチに
運んでくれていたらしく
硬い座面に手をついてゆっくりと上体を起こす。
「よかったぁ」
そういうと葵が横になっていたところに
ゆっくりと康介がゆっくりと腰を下ろした。
「ぁ、ぁわ‼︎」
「?、どうかした?」
「う、うぅん何でもない」
「?」
仲良く話ができていたとはいえ急に
近付いてこられてはビックリしてしまう。
「ありがとう…」
葵が囁くように言うと
いいのいいのという具合に笑みを浮かべながら康介は手を振った。
先ほどまで葵に向いていた視線を
ゆっくりと前に戻すと
何かを見つけたらしくこう呟いた。
「…綺麗な月だなぁ……」
「?……なんて?」
「ホラ、あの月見てよ」
「…あぁ、本当…」
いつになく巨大な満月が微笑みのような
柔らかな輝きを讃えて
星の海に浮かんでいた。
その美しさに目を奪われていた2人だったが、
次第に葵の顔に紅が差し込まれていった。
「…どしたの?」
「えっ…なんでもないけど、どうして?」
「なんか考え事してたみたいだったけど…」
「そ、そんな大した事じゃないから」
「…そっか」
「そうだよ」
2人で軽く笑いあう。
とはいえ、康介が無自覚に言ったかもしれない
月が綺麗だ発言に
葵が動揺させられたというのが
事の真相だったのだけれども。
ともあれ2人は公園のベンチで
ゆっくりとした時間を過ごす事ができ、
作戦は半分成功と言っていい結果となった。
なお、本作戦の立案者が団吉に
コンコンと説教を受ける事にはなったことを
追記しておく。
ちゅ〜どく 〜優麗の正体見たり〜 @Mrkyu
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