10 初めての魔法

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 雨はさらに激しくなる一方。

 それなのにエディが顕現させた魔法の炎は消える素振りすらなく。


 ライカンスロープの大きな体躯は、魔法によって顕現した激しい炎に灰になるまで焼かれ続けた。


「っ……」


 その光景を目の当たりにして私は声が出ない。 


 いくら私がこのアルスに産まれたとしても、錬金術という未知なる力を行使する者だとしても。


 イクスで育った私の中には魔法への抵抗感や、忌避感が確実に存在した。

 錬金術も未知なる事象を起こす事は一応出来るが、材料や面倒な工程が必要なのに対して。


 魔法は短い言葉の羅列だけだなんて。

 もしその言葉をなにか魔が差して発してしまったら、そう考えてしまったが最後。


「大丈夫?」


 ……その優しい声が怖くなった。


 たった一言で惨めたらしく生物を殺害できる力を持ち得るこの男と、この国の騎士達に。

 

( この感情を悟られてはいけない)

 

 だからなに事もなかったように私は、これまで同様偽りの笑顔を浮かべ無邪気に笑う。


 そしてその力を私自身も持ってしまったことへの言い知れぬ嫌悪感が、鉛の様に胸につかえた。


「……あっ、ライカンの爪! うわ、勿体無い!」


「貴女は……あぁ爪は残ってるわ、これ……いるの?」


 エディは仕方ない子ね、と。

 笑いながらソレを私に取ってくれる。


「うん、いるいるー! 錬金術の貴重素材! ちょーだーい! やったー!」


 ――そして。

 ライカンスロープの討伐の後はなに事もなく、叩きつけるような激しい雨に打たれながら転移装置のある街まで無事たどり着いた。


 いくら防水加工の施されたローブを着こんでいたとはいえこの豪雨、全身が雨で濡れ鼠状態。


 このままでは転移装置のある建物に入るのも憚られるので、今日は宿をとり。

 明日の朝、転移装置で王都まで転移することとなった。


 同行した騎士達は一人一部屋なのに対して、私は何故かエディと同室。

 私の世話をする為だとエディは言うが、私は一人暮らしをして立派に自活していたので必要ない。 


 それにだ。

 成人男性と同室だなんて貞操の危機が心配、初めては絶対好きな人が良い。


 だから別室を希望すれば、現実を見せられた。


 風呂に湯を入れる事も出来ないし、トイレの水を流す事も出来なかったのだ。


 これはどういうことだと、エディに聞けばお湯くらい平民でも魔法で簡単に出せるとの事で。


「え、うそ! 私、魔法使えな……」

 

「だから私が貴女を迎えにイクスまで行ったのよ、道中でさえ生活に困るから」


「あ……そういうこと……」

 

 私のアルス生活に暗雲がたちこめてきた。


( そりゃ世話係いるわ、トイレも一人ですませられないなんて赤ちゃんじゃん)


 エディにお湯を張って貰った温かな湯船に浸かりながら、これからどうしようかと考えてみるが。


 考えたところで答えなんて出ない。

 そもそもやってみなければわからない、なのに私は延々と考えていた。


 そして。

 お風呂で温まりさっぱりした身体で、寝台の上へ華麗なダイブを決める。


 そんな私を横目に、エディは入れ替わりで浴室に入っていった。


 この部屋は多少いい部屋なのだろう。

 内装がこんな小さな街にしては上品で居心地自体は悪くないが、窓の外は未だに雨が降り続いていて気分は最悪。


 そんな部屋の壁にはずぶ濡れになった外套やジャケットがかけられていて、先程の事をつい思い出して身体が震えた。 




◇◇◇



 

 ……髪を優しく撫でるようにすく感覚。


 その感覚にゆるりと目を開ければ。

 薄暗い室内でランプの柔らかな光に照らされたエメラルドグリーンの瞳と、視線が重なる。


「っえ、な……に?」


 悲鳴を上げなかった私は、えらい。


「ああ、起こしてしまったわね」


 そりゃ髪の毛なでなでされてたら起きるだろうよと、悪態付きたいのも我慢して。

 まだ寝ていたい、だるく重い身体をゆったりと起こす。


「……怖かった?」


 と、恐ろしく美しいエメラルドグリーンの瞳に見透かされたように問われた。


(ああ、気付かれてしまった。そんな直ぐに、気付かれるなんて。どうしよう、どうしよう)

 

「えっ……と」


「まぁねぇー? イクスって魔物出ないもんね! 貴方も可愛い所あるじゃないー! 大丈夫、街なかには流石に魔物なんて出ないから!」


 ニタァと、人を小馬鹿にするように笑いながら、私の頭をイイコイイコとなでくり倒し、エディは一人納得している。


(勘違いをして頂いてるらしい事が、とてもわかる発言……ありがとうございます)


 この人が勘違いするのも無理はない。

 まさか自分が守るべき存在とする私が、自分に恐怖心を抱いているなんて普通は思わないから。


 その態度に合わせるのが最善と即座に判断して。


「怖くなんてないし! 馬鹿にすんじゃねーぞ! バーカ、バーカ! ハゲ!」


 ほっぺを膨らまし唇を尖らし、腕を組み可愛らしく抗議してみる。


「もう、仕方ない子ねぇ意地っ張りで可愛いー! そして禿げてないわ! ふっさふさよ!」


「いや、でもここ薄くない?」


「え! うそ! どこ!」


「え、嘘だけど?」


「っ……カーレーン!」



 そして夜は更けていく。

 窓の外で降り続いていた雨は止み、雲は消えそれはそれは綺麗な星達が煌めく夜。


 この時の事をふと思いだして。

 もっとはやく貴方に出会っていれば、結末はなにか変わっていたのかな、

 なんて、今さらそんなことを考えてしまう。


 あの日あの時の私の笑顔も嘘だったけれど。

 それでも軽口を叩きあうあの空気は、とても心地よかったんだ。

 

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