9 降り止まぬ雨

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 空にはどんよりとした暗雲がたちこめていて。

 今にもどしゃ降りの雨が降りだしてもおかしくない生憎のお天気。


 なのだが、これから転移装置がある最寄りの街まで馬に乗って行くらしい。


「転移装置に行くの? もしやイクスと同じで防衛のために……」


「違うわ、この国とってもひろいから転移装置を使わないとアルスの王都まで数日かかるのよ」


「え、そんなに広いんだこの国」


 そんな転移装置の場所まで森を抜け街道を休みなく走り続けて約一刻半の距離らしく。

 病み上がりの私の体力がその街まで持つのか、このルートは本当に安全か等の話し合いがエディを含め数人の騎士達により行われている。

 

 そして騎士達は私の事を心配して。

 今からでも馬車を用意すべきなのではと意見を交わしているが、馬車だと森を迂回するルートになるのでここから二日ほどかかってしまう。


 それに馬車で行くとなると。

 途中確実に野営になり、それはそれで私の身体に多大な負担がどうやらこうやらと言っている。


 だが心配せずとも私は元々健康で、丈夫なのが取り柄のまだ十七歳のピッチピチな美少女。

 

 たまたま魔力が発現したせいで体調不良に陥ったが、そこまで心配されると逆に居心地が悪いので無駄な心配はせず連れていくならさっさと連れていって頂きたい。


 そういえば、行く道には魔獣が出るらしい。


「魔獣出るの!?」 


「ええ、でも危険な魔獣は普段から討伐しているから大丈夫よ。安心して?」


 その言葉に魔獣素材のレシピが頭に浮かび上がり、私は一転して幸せ気分になった。


 そして話し合いが終わり、結局は馬で休みなく一気に駆ける事になったらしい。


 それ話し合いの必要はあったのかなとか。

 私の可愛いお尻は大丈夫かなとか。 

 思う所はそれなりにあるが、馬車で二日より幾分かマシなのでなにも文句は言うまい。 


 そんな事をしている間に空からは大粒の雨。 

 イクスから薬のついでに持ってきて貰った錬金術師の正装を着込み、上から防水加工が施された外套を身体に巻き付ける。


 錬金術師の正装はエディに見た目等色々言われたが、いろいろな術式が付与されていて。

 錬金術失敗時の爆発の耐性の他に、防汚防水効果などがあるのでとても実用的だと説明すれば。

 しぶしぶだったが着用を許可してくれた。


 イクスを出る前に着せられたワンピースあれ着る意味なかったんじゃ……? って思ったけど。


 こんな事態になるだなんて予想してなかっただろうし、私は優しいので突っ込むのはやめてあげた。


 私はとっても優しい女の子なのだ。


 そして私に用意されたのは、黒光りする鬣のイケメン軍馬で、エディと一緒に騎乗するらしい。

 

 イクスで乗った馬より大きい軍馬に乗せられて、後ろから私をエディがまた抱き込む様に騎乗する。

 そして馬から落ちない様に、私の身体をエディの身体にロープで結び固定された。


「う……」

 

(なにこれ、密着感はんぱねぇ……これは恋愛未経験の十七歳の乙女には刺激が強すぎる)

 

「あら、大丈夫?」


「だ、大丈夫……!」


(全然大丈夫じゃない。二日ほど風呂はいってなくて私、めちゃくちゃ汗臭いはず)


「苦しかったりしたら言ってね?」

 

「す、素晴らしい門出の朝だね!」


「……大雨よ? 本当に大丈夫なの貴女」


「大丈夫です、はい」


 なのにエディはとてもいい匂いがして、頭がクラクラしそうになった。


「カレン、出発するわよ」


 この二日間エディと過ごしてわかった事、それはこの男とっても過保護なのだ。

 鬱陶しいぐらい過保護、なんでもかんでも私の世話を焼こうとしてくる。


 そしてこの男は私以外には普通の男性の口調で喋り、私にだけオネェ言葉で軽口になる。


(どっちがこの男の素なのかわからない)

 

 だんだんと雨が本降りになり視界が悪くなる、そんな中を馬で休みなく駆ける。


 馬に乗り慣れない私に配慮してか、スピードは抑えてくれている気がするが、やはり馬の背はとても高くて怖い。


 ロープで固定されていて落ちる心配は多少軽減したけれど、怖いもんは怖いのである。


 それに加えて、出会ってまだ二日程度の男に抱きつくなんてかなり恥ずかしい。


 そして叩きつける冷たい雨に体力を奪われながら半刻ほど走った所で、馬が急に止まった。


「あぁ、まずいな……」


 エディの緊張した声がした。


 嫌な空気がその場に漂う。

 

 私は外套の間から顔をだし前方を窺ってみるとそこには、一頭の巨大な魔獣の姿。


 書物で読んだ事と、錬金術の素材として使用した事のあるそれは。


 【ライカンスロープ】


 別名で狼男とも呼ばれるウルフ系の魔物で、爪は錬金術の素材にも使われる貴重素材だ。


 体躯は二メートルを軽く超え、ガッチリとした筋肉質の身体に鋭い牙。


 噛まれたら簡単に私の細く繊細な愛らしい腕なんて持っていきそうな鋭利な牙が、その存在をこれヤベェ奴だと私に実感させる。


 だがそこはこんな愛らしい見目でも、百戦錬磨の英雄と誉れ高かったらしい錬金術師様である。


「うわーー! すごーー! あの爪欲しいなーー!」


 外套の間から、きゃっきゃと顔を覗かせて興奮していると。


「ほんと、貴方は……」


 エディは呆れたように笑い、また溜め息を溢す。


( 幸せにげちゃうよ、 禿げるよ?)


「ここでは迂回できない、全隊討伐準備!」


 ここは山の谷間、迂回ルートがない。


 「「「はっ!!」」」


 エディが討伐の指揮を執る。


「何があってもカレン様に近づけるな! 髪の毛一本傷つけてさせてはならん!」


(髪の毛くらいなら数本なら全然大丈夫だけどな、錬金術の素材に自分の髪とか血液とか使うしな?)


 とか思うけど。


 そういえば私、国賓待遇だっけ?

 そりゃ怪我させたらまずいわと、一人納得した。


 エディの馬は私を乗せているために、ゆっくりと魔獣を刺激しないように後方へと下がる。


 雨がいっそう強くなり、稲光が走る。


 ――その時。

 

 ライカンスロープの血走った目が後方へ下がった私の目と、目があう。


「……っえ?」



『がぁあああぁっ!!』



 ライカンスロープは、突然。


 私めがけて一心不乱に狂ったように走ってくる。


 警戒していた騎士達も。

 そこに佇んでいただけのライカンスロープが突如として血走った目を見開き咆哮をあげながら、守るべき存在である私に猪突猛進するとは予想だにしなかったらしい。


 ……だが、さすがは騎士様というべきか。


 咄嗟に腰にに下げている大層立派そうな剣を、ライカンスロープの歩みを止めようと振り上げたが。


 一歩遅く騎士達の切っ先は空を切る。


 そして騎士達の間を軽々と掻い潜り、私にその凶悪な爪をのばした。


「業火」


 私をその腕で強く抱きしめ。


 エディがそう呟くのが聞こえた、その瞬間。


 ライカンスロープが赤いとても赤い炎に一瞬にして包まれた。


 突然の事で今なにが行われたのかわからない。


 その爪が私に届き。


 私の身体を簡単に引き裂き。


 死に至らしめるであろう時間まで、ほんのわずか瞬きひとつのほんの一瞬。

 

 そして私は、コレが魔法なのかと理解した。


 ライカンスロープまでの距離は少し離れている、それなのに燃え盛る炎はとても熱くて美しくて。


「大丈夫?」


 そう、頭を優しく撫でてくれたエディが。


 ……とても怖かった。

 

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