02:シャンネリーゼの婚約者
◆◆◆
「ですから、いい加減立場を弁えろと言っているのです!」
「立場、ですか?」
「ええ、そうです。いくら貴女の家が歴史ある名家だとしても所詮は伯爵。公爵家である我が家やあの方と同等と思うなど許されませんのよ!」
昼休みに呼び止められたと思えば、またそれか……とシャンネリーゼは天を仰いだ。
幼少時から中性的で美少年と持て囃されていたシャンネリーゼの婚約者は、二人が貴族学園に入学すると途端にその威力を大爆発させるようになった。今も変わらない中性的な顔立ちに加えて伸びた身長や程よく筋肉のついたしなやかな身体がご令嬢方を魅了するらしい。
成長するにつれますます勇者に顔立ちが似てきたうえに、シャンネリーゼ的にはもう少しがっちりした男性の方が好みなのでその良さはちょっとよくわからない。
「聞いていらっしゃいます!?」
「ええ、もちろん。そんなに欲しいのならリボンでも巻いて差し上げ、もごぉ」
「はい、そこまで。リーゼは少しその口閉じててね」
ますわ、と言い切ることはできなかった。正しくはさせてもらえなかった。
どこから現れたんだと渋面になるシャンネリーゼとは対照的に、ご令嬢は一気に恋の色を纏う。
「レイリオ様!」
「エドベルグ伯爵家との縁談はどちらの家にも利益があるからこそ結ばれたものだ。それを部外者である貴女にとやかく言われる理由なんてないんと思うんだよね」
「そんなっ! わたくしはレイリオ様を思って……っ!」
「僕を思ってなんて言うけど、完全に自分のためでしょう? それに僕、リーゼ以外と結婚する気ないから。リーゼと結婚できないなら誰とも結婚しない」
ご令嬢の目のふちにみるみる涙が溜まり、たまらず顔を覆って泣き出してしまったというのにレイリオは外面の笑顔を貼り付けたまま慰めの一言もない。彼女の未練を一切断ち切るためと言えば聞こえもいいが、それにしたって紳士としてその言い方はいかがなものだろう。
「それでリーゼ、なにか言い訳は?」
シャンネリーゼが思考を飛ばしている間に、彼女を呼び止めたご令嬢はどこかへ去ってしまったようだ。腕の中でくるりと回され、シャンネリーゼとレイリオは正面から向き合う。
傍から見えればレイリオが熱烈にシャンネリーゼを抱き締めているようだが、これはどちらかといえば拘束の意味合いの方が強い。
「いつものことではありませんか」
「いつものことだけどね」
レイリオの人気のせいでご令嬢方からの嫉妬と羨望の視線を浴びるのはいつだってシャンネリーゼだ。視線だけならまだしも、今回のように一方的に責められることも多々ある。
だが二人の婚約が成立したのは当然家同士の利益関係が大前提ではあるが、公爵家側、というよりレイリオの強い希望によるものだ。格下であるシャンネリーゼ側から断るなどできるはずもない。
「ところでどうやって私の居場所を把握しておりますの?」
「いつものことだろう?」
「いつものことですけども」
のらりくらりと互いに互いの質問を躱すこのやり取り自体がいつものことだ。
レイリオがわざとらしく困った風に息を吐くが、現実問題として困っているのはこちらの方である。被害者ぶるなと怒らないのはこのあたりもまだいつものことの範疇に収まっているからにすぎない。
「きみはいつになったら僕を好きになってくれるの?」
相手など選り取り見取りのはずのレイリオの熱は昔からずっとシャンネリーゼだけに注がれ続けている。記憶を掘り起こしてみればそれは敵同士であった前世の頃から、だ。当時は上手に隠されていたが、それでも時折隠しきれずに溢れていたその熱に気づかないほど鈍くはない。ただやりにくいから完全に隠しておきなさいよとは思っていたし、何故自分?とも思っていた。
前世では敵同士で互いに命を狙っていて、今世でも敵ではないが政治的思惑で引き合わせられた仲だ。自分で言うのもあれだが見た目だって良くても中の中、彼には遠く及ばない。
軽口と切実さが入り混じった声音はあっさりと手放そうとするシャンネリーゼを責めているようだった。
「むしろ貴方は私のどこを見てそんなに熱烈なんですの?」
「勿論、深淵の魔女を初めて見た瞬間からきみの全てに」
甘い睦言のような答えに、先程の彼女なら頬を染めていただろう。しかしシャンネリーゼは眉を吊り上げてレイリオを睨みつける。
誰が付けたのか知らない前世の呼称は不服以外のなにものでもない。
あんまり他の側近や部下たちから揶揄われるので、当時は付けた相手を探し出して呪ってやろうかと考えていた。だがそれを実行に移さなかったのは、ひとえに崇拝する魔王様だけが大層お気に召していたからだ。『きみにぴったりじゃないか』なんて頭を撫でられた日には付けた相手を祝福してやりたくもなった。
だがやっぱり魔王様以外に呼ばれると、つい反射で怒鳴り返してしまうのは今世でも変わらない。
「その呼び名はやめろと何度言わせるんです!?」
毛穴ひとつない憎たらしい頬に赤い葉っぱ模様でも付けてやろうかしらと淑女らしからぬ案を思いついたが、なにかを感じ取ったらしいレイリオがシャンネリーゼの腕をしっかり拘束していて身じろぎすらできなかった。
「リーゼ、なにか不穏なこと考えてない?」
「ーーおや、レイリオ。それにエドベルグ嬢かな? 今日も仲が良さそうでなによりだ」
背後からかけられた声を合図にパッと離れた二人は、即座に振り返ってそれぞれ頭を下げる。一気にその場の空気が引き締まった。
数名の護衛を引き連れたその人は穏やかな顔で笑っていた。
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