第8話 元貴族の冒険者、モフモフと出逢う(獣人チエロ初登場)
【前回までのあらすじ】
貴族の家族から追放され、街で冒険者となったクリス。
知り合った女商人フィラと共に、
『走行』のスキルに合った靴を求めて雑貨屋へ。
そこには、獣人の店員にどなりつける冒険者の姿が・・・。
――頂いたアイデアを使わせていただいての更新です。
ありがとうございました!
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雑貨店の店内で、カウンター越しに店員にどなっていたのは、同じ冒険者のボックだった。
「ボック・・・さん」
一応、相手は年長者なので、クリスは「さん」付けでつぶやいた。
「あ、何だ?」
耳ざとく、自分の名前を呼ばれたことに反応して振り向くボック。
「お前は確か・・・、おとといギルドで登録していたガキだったな」
「はい、クリスと言います」
「フン、俺が先に来ていたんだ。
こいつへの用事なら後にしな」
そう言って、カウンターの店員を指さした。
クリスと同年代くらいの獣人の少年だ。
柔らかそうな髪からのぞく耳の形状から察するに、犬狼族だろうか。
「わかりました」
と、うなずいた後、
クリスは言ってみた。
「ところで、その店員さんが何かしたのですか?
外にまで怒鳴り声が聞こえてきましたけれど・・・」
「フン、俺はオーダーメイドで装備の注文をしに来たんだ」
「はい」
「そしたら、店にはこのガキしかいねえ。
『親方は留守なので、代わりにお話を伺います』ときた。
ふざけやがって・・・、獣人に細かい注文が伝わるわけねえだろ」
「どうしてっスか?」
と、いつの間に入ってきたのか、
クリスの連れである女商人フィラが、彼の横から聞いてみた。
「あ、ウチは商人ギルドに登録している者っス」
と、身分も明かして。
それを聞いたボックは、
「フン、商人さんか。
なら分かるだろうぜ。
いいか、この街はおろか、今の文明ってやつは全て人間の手で発展させたものだ」
「エルフやドワーフは?」
「あ、ああ。
奴らも芸術や建築面では役に立ったかもな。
だがな、獣人は別だ」
そう言って、ボックは再び店員を指さした。
さされた少年の耳は、先ほどから弱弱しく震えたままだ。
「こいつら獣人は、それまで人間とは関わろうとしなかったくせに、
いざ俺たちの文明が進歩して旨い汁が吸えそうと見るや、
途端に尻尾を振ってすり寄って来やがった。
俺はそういう金魚のフンみたいなやつが大嫌いなんだよ!」
「・・・」
確かに、クリスも歴史の本で得た知識にそうあった。
人間の文明の発展に大きく貢献したのはドワーフと身分の低いエルフで、
獣人たちは基本不干渉だったと。
だが、
「でも、それはもう何百年も前の事ですよね。
今では獣人も、すっかり僕たち人間の生活に溶け込んで、お互いに支え合う間柄じゃないですか。
今さら人種や文化の差も無いと思いますけど・・・」
そうクリスは意見したが、
ボックが納得する様子はない。
むしろ、余計火に油を注いでしまったようで、
「何だてめえ、
人間のくせに獣人側かよ」
それを見たフィラが、
「(クリス君、クリス君)」
と、腹話術でクリスの耳にだけ聴こえるように言ってきた。
「(このボックって冒険者さん、
きっと獣人蔑視の国から来た人っスよ。
元々の価値観が違うんスから、何を言っても無駄っス)」
それを聴いたクリスは、
(価値観の違い・・・)
と、自分を追放した貴族の父たちを思い出す。
『あいつら』と同じ・・・。
(なら、いいか・・・)
「クリス君?」
フィラが怪訝な顔をする。
突然、クリスの顔から表情が消えたからだ。
「分かりました。
あなたの獣人評価については、どうこう言う気はありません」
そう自分の発言を引っ込めるクリス。
それを聴いたボックは、フンと鼻を鳴らし、
「ああそうかい。
分かったなら引っ込んでな。
俺はまだ、この『雑種店員』に用があるんだからよ」
そう言って、獣人の店員に見下すような視線を向ける。
「あう・・・」
まだ少年とも言えない、クリスやフィラよりも小柄な店員は、
既に涙目だ。
フィラが収納ボックスに手を入れる。
だが、彼女がその中から何かを取り出すよりも前に、
「ですが、同じ冒険者として、あなたの態度を見て見ぬふりは出来ません」
と、クリスがボックの背後に接近して言った。
そして、いつの間に抜いたのか、
短剣をボックの首筋に押し付けている。
「てめ・・・」
「動いたら
振り向こうとするボックに、
クリスはそれまでとは全く違う冷たい声で忠告した。
「ク、クリス君・・・?」
傍で見ているフィラも唖然としている。
この数日で、クリスのこんな冷徹な態度を見た事がないからだ。
「詫びるか死ぬか、選べ」
「わ、分かった。
買い物の邪魔をして悪かった」
「誰が僕に詫びろと言った?」
「ぐっ・・・」
ボックは正面の店員に向かって、
「ひどい事を言って悪かった・・・」
と、深々と頭を下げた。
つまり、その首から刃が離れて・・・
「クリス君!」
いち早く察知したフィラが声を上げる!
その時既にボックの後ろ蹴りが、
背後のクリスに向かって放たれていた!
だが、
クリスは素早く横に避け、
渾身の蹴りをかわされたボックは、大きくバランスを崩してぐらついた。
クリスがその軸足に足払いをかけると、
ボックは石畳の床に派手に転倒した。
「ぐぅっ!」
痛みで動けないのか、
起き上がって反撃してくる様子もない。
クリスは油断なく、短剣を持ったままボックを見下ろしている。
そこに、
「あ~、ちょっといいっスか」
と、フィラがしゃがんでボックに話しかける。
「ウチは商人ギルドの用事で、この店に行き来しているんスけどね。
これ以上、ここで営業妨害するなら、ギルド経由で苦情を入れさせてもらうっスよ」
それを聴いたボックは、上体を起こすと、
「いつつ・・・、何言ってんだ。
俺は営業妨害なんてしてねえぞ!
無能な獣人に店番させている事に苦情を入れていただけで・・・」
「無能な獣人・・・、
でもそれって単にあなたの感想っスよね」
貼り付けたような笑顔で言うフィラ。
「大体獣人が気に入らないなら、さっさと店を出ればいいだけの話っス。
それをこうやって居座って、高圧的に罵詈雑言を浴びせるなんて、お客のクレームとしては行き過ぎっスよ」
「罵詈雑言?
獣人を下に見て何が悪い!?
自分たちだけでは何の進歩もできなかった、
家畜と変わらない連中だぞ!」
ボックのその言葉に、
クリスは再び手が出そうになる。
だが、その行動を止めるように、
フィラの問答は続く。
「ボックさん。
あなたがどこの国出身で、どういう常識を学んだかは知らないっスけど、
この国でそういう獣人差別は立派な侮辱罪に当たるんスよ。
うちら商人ギルドが懇意にしている貴族の中には、獣人の血を引く方々もいるっス。
もし、この事を商人ギルドから貴族を介して、冒険者ギルドへと苦情を入れたら・・・、
あなたの立場はどうなるっスかね?」
「なっ・・・」
ボックの顔色が変わった。
「ひ、卑怯だぞ。
コネを利用して人を陥れようなんて・・・」
(なるほど・・・)
フィラの言った通りだ、とクリスは思った。
このボックには、何を言っても無駄だ。
少なくとも獣人がらみの事では。
そして、
理屈が通じないなら、
力で押さえつけるしかない・・・。
フィラはやや下手に出るように言った。
「ええ。
だからここは、これで手打ちにしてもらえないっスか?
あなたにしても、この店でなければいけないわけでもないっスよね。
ここは価値観の違いってことで、お互いに引くのが最善だと思うんス。
このクリス君には店で暴れた罰として、商人ギルドを介して罰金を払わせるっスから」
「チッ、分かったよ・・・」
ボックも、自分だけが痛い目を見るわけではないという事で溜飲が下がったのか、
去り際にわざとクリスに肩をぶつけて、そのまま店を去っていった。
「――嘘ばっかり」
しばらくして、クリスはフィラに向かって言った。
その顔には、表情が戻っている。
「獣人の貴族だの、罰金だの、
ポンポンとそれっぽい事がよく浮かぶね」
と、苦笑するクリス。
「ああいう、聞きかじった正義感を持ち出す輩は結構実用的な知識に疎いんスよ。
多分この街の領主さんの名前も知らないんじゃないっスかね」
そう言ってケラケラと笑うフィラを見ている内に、
クリスは、先ほどまでのどす黒い怒りの感情が収まっていく。
「あ、あの・・・」
そんな二人に、獣人の店員がためらいがちに声をかける。
「ごめんなさい。
ボクのせいで迷惑を・・・」
銀髪で性別のよく分からない童顔の獣人だ。
背中越しに見えるモフモフの尻尾は、いかにも触り心地がよさそうだ。
そんな店員に、フィラは気さくに答える。
「モフモフ君、そこは『ありがとう』のほうが嬉しいものっスよ~。
それに、君こそとんだ災難だったっスね。
世の中あんな人間ばかりじゃないっスから、これからも商売に精を出してくださいね」
「は、はいっ、
頑張ります!」
そう言って、かすかに笑みを浮かべる。
「こっちこそ、店で暴れてごめんね」
そこで、クリスも前に出て謝罪する。
「僕はクリス。
もし、さっきの事で冒険者ギルドから何か言われたら、
構わず僕の名前を出していいから」
と、言っておく。
ボックが腹いせに何か苦情を入れるのでは・・・、と危惧したからだ。
「そ、そんな事しません。
えっと・・・、さっきはありがとうございました」
そう言って頭を下げる獣人の店員。
見ると、その尻尾が少し揺れている。
「さて・・・、
ウチら、このクリス君に合う靴を探しに来たんスけど、
この店、靴は扱っているっスかね?
あ、ちなみにウチは商人のフィラっス」
そう言って、自己紹介しながら目的を言うフィラ。
クリスとフィラ。
名乗った二人に、
獣人の店員も応える。
「靴ですね、あります。
サイズと用途を言っていただければ、手作りもできます。
あ、ボクはチエロと言います」
そう言って、再びペコリとお辞儀する。
その様と、お尻の辺りでフリフリと揺れている尻尾を見ながら二人は思った。
(モフモフしたい・・・!))
【つづく】
――――――――――
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
そして・・・、
『モフモフの店員チエロを助けたクリスとフィラ。
果たして、彼らの買い物風景は!?』
あなたの想像・・・いえ、創造されたアイデアをコメント欄にてお贈りください!
簡単な一言だけで結構ですので・・・!
『値切り交渉』とか、『材料集めの依頼』とか、『三人で色々楽しむ』とか・・・。
物語の続きを紡ぐためにも、
どうぞよろしくお願いします・・・!
――というお願いをお聞きくださり、
本当にありがとうございました!
最新話では新たなお題を募集中ですので、
どうぞよろしくお願いします・・・!
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