11 からっぽ
私は可愛い。
物心ついたときから今に至るまでずっとずっと可愛いと言われて生きてきた。
尽きることのないその言葉で私は可愛いんだと幼いころから自覚し、その自信は今に至るまで継続している。
小学生のときの告白はノーカンに近いと思うが、恋愛に興味が出てくる小学5年生あたりでバンバン告白をされた。恋愛感情が本当だったか嘘だったか分からないが、誰かに告白しようと考えたときに真っ先に考えるのが私だということが分かり、自分の存在価値に誇らしくなった。
中学生からは女子校に通い始めたので告白というものはほとんどなかったけど、常にクラスの中心にいた。何でもないような話をすると周りの子たちはうんうん、と頷き興味深く聞いてくれたり、何か忘れ物をしたときはぽつりと呟いただけで、クラスがざわつき物を貸してくれるようなこともあった。
使っている化粧品を聞かれたり、普段着ている服のブランドを聞かれることもあった。
私が気まぐれで一週間ハーフアップをしていたらクラスのハーフアップ率が高くなったり、セーターの色をベージュから白に変えたらこっちも同じようにセーターの白率が高くなったこともあった。
どうして同じにするのか、一人の友達に聞いたことがある。すると彼女は「瑠夢に近づきたいから」と答えた。瑠夢に近づきたい、つまり可愛いの目安にされていることだろうか。すごく良い気分になった。
高校生になるとさすがに可愛いの目標が見定まってきたのか、中学のように露骨に真似をしてくることはなくなった。それは少しつまらなかったけど、そこまで気にならなかった。
私の心を満たしてくれる人は現実だけではなく、ネット世界にも現れたからだ。
高校2年生くらいのときにインスタを始めた。何を投稿して良いか分からなかったため、とりあえず菜月と出かけたときに撮ったツーショットをアップした。
すると沢山のいいねや可愛いのコメントをもらえた。DMも沢山きた。大体は出会いを求めるような大人や、怪しい詐欺のようなものが大半だったが(DM内で私を褒めてくれる言葉があったので、そこだけありがたく受け取った)、中には同い年くらいのかっこいい人からの連絡もあった。そのうちの何人かとは直接会ったことがあるような、ないような……これは遠い日々のため忘れてしまった。
大学は共学の学校へと進学をした。入学当初は彼女を作る気持ちでいっぱいだった男の子たちから沢山告白をされたが全員お断りをした。大学の男の子たちには興味がなかったのだ。なんで興味なかったんだっけ。これも忘れてしまった。
高校生で始めたインスタは引き続きやっていた。むしろ高校生のときよりも自由な時間が増え、日常の楽しい思い出をアップする頻度が高くなっていた。そのおかげか注目される機会が多くなって『可愛すぎる一般女子大生』と話題になり、卒業時にはフォロワーは10万人を超えていた。それからは企業から声がかかるようになり、いくつか案件投稿をしてはお小遣い稼ぎができるようになった。
父が経営している会社の節税のために名ばかり役員に就任して、毎月お金も貰っている。欲しいものは我慢することなく買い、好きなところへ出かけ、好きな時に寝る。美味しいごはんを食べ、月に1回美容院や美容皮膚科に行き、たまに運動をする。
容姿もお金も時間もある、努力することなく人生を謳歌してきた。
私はずっとみんなの中心にいた。
それぞれの人生の主役が本人だとしたら絶対にメインキャラクラーの位置づけにいるだろう。
今まで接する人はみんな私のことを注目し様々な愛を注いでくれた。
だけどいつからだろう。
溢れるくらいに満たされていた心が少し軽くなってしまったのは。
「また減ってる……」
楽しい毎日、可愛く撮れた写真、それと少しの案件。
特に考えずに私が好きなものたちを投稿していれば、私を可愛いと思ってくれている人たちが反応をしてくれる。
だけどいつからか投稿へのいいねやコメントが目に見えて減ってきたのだ。
1日じゃ読めないくらいのコメント数だったのが、今では数えきれるレベルの数へと減っている。
もちろん、不祥事を起こしたわけではない。気が向いたときに差し障りのない内容の投稿しかしていない。多分、これは唐突に起こったことではなく緩やかに少なくなっていたのが形が目に見える形になってしまったのだろう。
いつから? いつから減り始めた?
以前の投稿を確認するも緩やかすぎる減少に転機が分からず、
「私の写真は目に留まらないのかな」
とモヤモヤすることしかできなかった。
タグをたどり同じ案件をもらっているだろうアカウントを探す。これは案件ばかりやっていたせいなのか、という原因を追究するために起こした行動だ。原因が分かれば改善ができる。
もし案件ばかりに飽き飽きしていて注目されなくなったのであれば案件を減らそう。お金は十分あるから、みんなが望むものを投稿しよう。そういう考えだった。
しかしその策略は見事に破られる。
同じような投稿文。同じような写真の構図。
それでも私の3倍、……5倍のコメントがあった。いいねの数は非表示だがコメントがこの数ならばもっとあることだろう。
心をいっぱいに満たしていた幸せの液体が少しずつ揮発していくのが分かった。
不安を解消するためにその子のプロフィールへと飛ぶ。フォロワーが私より多いとか、有名なアイドルの子であればコメントが多いのも頷ける。何か理由が欲しかった。
しかしフォロワーは私と変わらない人数。職業も一般女子高校生というくくりだ。
唯一違うということがあればそれは見せつけるように書かれた生年月日。
2006年6月15日。
「18歳……」
これだけはいくらお金を注ぎ込んでも変えることができない重ねてきた時間。
自分の年齢を思い返す。28歳。
公開をしているわけではないが、過去の投稿から予測することはできるし、調べれば簡単に出てくることだろう。これが原因なのだろうか?
今まで努力することなく注目を集め生きて来た私には何が原因か分からなかった。
仕事に熱中している友人は昇進して実績を作ってはその成果を楽しそうに綴っている。
結婚した友人は家族と共に幸せそうな時間を過ごし、毎日育っていく子供の姿を逐一報告している。
じゃあ私は?
彼女たちの人生の中でメインキャラクターだった私はエキストラへ降格していく。
私の心を満たしていたものたちがどんどんと揮発していく。
最初から満たされ、溢れていた私はどうやったら心が満たされるのか分からなかった。
代り映えしない……ううん、どんどんと色を失っていっている毎日を変えたきっかけは高校の同窓会だった。
ホテルの宴会場を貸し切って開催された大掛かりな同窓会。
もう10年も経つが人との交流が少ない私は、手に取るように誰が誰だったか覚えていた。久しぶりと挨拶をされ「相変わらず可愛いね」なんて褒め言葉をもらい、久しぶりに心がウキウキとした。
大学のときの友人同様に、高校生の同級生たちも仕事・家庭とありふれた生き方をしているようだ。
少し遅れて会場に入ってくる人を見かけた。
仕事が忙しい子なのだろか、とちらりと目を動かす。
そこにいたのは菜月だった。
昔と全然変わらない見た目な彼女がそこにいた。
同室だった彼女を見かけたときに高校生の出来事を思い出した。
夏の夜の思い出。本人は隠しているつもりだったようだが、こそこそと私の使ったものを収集していた光景。
すぐに気づいた。菜月は私のことが好きなんだって。
私も菜月のことは好きだ。友達として。
もしかしたら菜月だったら私を満たしてくれるかもしれない。
「菜月」
「……瑠夢!」
菜月は私の姿を視認すると真っ暗闇の中で一筋の光を見つけたかのような、希望を見る目で私を見た。
嬉しかった。
久しぶりに誰かの人生の真ん中に立てた気がした。
失っていった幸せの液体が注がれて再び溢れだしたような、そんな感覚だった。
だから二人だけの二次会に誘った。
菜月なら私のことを満たしてくれる。
自分の人生よりも私のことを見てくれる。
きっとそうだと思って。
だから
「ねぇ菜月、一緒に住もうよ!」
こんな提案をした。
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