10 ひとりぼっち
「…………」
カーテンの隙間から入った光が眩しくて目を覚ました。
昨日の朝とは違う景色に一瞬戸惑ったが、菜月と一緒に住むために引っ越したことを思い出し納得した。
枕元に置いたスマホを確認すると午前9時だった。いつもよりも2時間早い。
実家にあった来客用の敷布団で寝たため、眠りが浅かったのかもしれない。ベッド選びをめんどくさがってギリギリに手配したのが良くなかった。だけどベッド以外の家具は入居までに揃えた。えらい。自分で自分を褒めよう。
寝起きで少し頭はフラフラしつつも、自室を抜けリビングへと向かう。
二度寝をしてもよかったけどこの固い布団でもう一度寝る気にもならなかった。
菜月におはようをして、カフェにでも行かないかと誘ってみよう。
しかしそこには誰もいず、綺麗に片付いた静かな空間があるだけだった。
「あー……。菜月、お仕事だったんだ」
今日は何曜日だっけ。……火曜日、平日か。
そういえば昨日は有休をとったという話を聞いた気がする。昨日一日一緒にいたからつい土曜日と錯覚してしまっていた。
引っ越しで疲れているのだから、今日も休んじゃえば良かったのに。頑張りすぎは身体に毒だ。
だけど真面目なところは菜月のいいところでもある。ぶーぶー文句をいうよりも、行動した結果をフォローする立ち回りが関係を良好でいるための秘訣だと、結婚に憧れていた頃に学んだ知識が蘇る。まさか活かす時が来るとは。私の学習意欲は無駄ではなかったようだ。
今日は美味しい夜ご飯を作ってあげよう。カルパッチョやアクアパッツァのような見た目も味もお洒落な料理がいいだろうか。それともスタミナ! って感じのガッツリ肉料理がいいか。後でラインして意見を聞いてみよう。
瑠夢と一緒に住んで良かったって言ってもらうんだ。
「ご飯のこと考えたらお腹空いた!」
何かないかと冷蔵庫を開ける。しかし中に入っていたのは2Lの水だけだった。
そういえば昨日は忙しくて全てコンビニで済ませていた。
この日差しが強い中、外に出る気にもなれず
「出前しよ」
と、結論を下しスマホを見るためにソファーへと向かった。
スマホを開く。
出前アプリを開く前に、朝の日課をしよう。ホーム画面の右下、右利きの私にとって一番開きやすい位置にあるアプリを開く。インスタだ。
自分の投稿画面を見て、いいねとコメントを確認する。
「……はぁ」
溜息を吐くなら見なきゃいいのに。自分でも分かってる。
だけど周りからの評価が気になって仕方ないのだ。
私の社会的な居場所はここにしかないから。
「まぁ、それはそれとして。何食べようかなー」
ネガティブは人をダメにする。一度暗い気持ちに陥ると、起こるかも分からない不安な出来事に何時間も頭を支配される。年々一年が短く感じるようになってきた私にとって、このネガティブな時間は不必要一択なのだ。
だからこういう感情が湧き出たときは切り替えるような言葉を声に出して、脳を錯覚させるようにしている。感情コントロールのプロの私は一瞬で近いうちに起こる美味しいご飯のことで頭がいっぱいになった。
住んでいる地域が変わったから初めて見るご飯屋さんに心がワクワクする。
気になるお店は一通りブクマをして、ブクマの中から今日の朝昼兼用ご飯を検討する。夜ご飯が決まっていないので個性が強めのご飯は避けたいところだ。
候補を5、3、2……と絞り、最後の一つになったところで注文確定を押した。
選ばれたのはお茶漬けでした。
「楽しみーー」
あとは待つだけとなったのでソファーへと横になった。大きめのソファーを買ったので、真っ直ぐ横になっても頭から足先まで収まる。沈み心地もちょうどよく第二のベッドになりそうだ。昨日はここで寝た方が良かったかもしれない。
「あ。菜月にラインしよう」
「ご飯何が好き?」と送るとすぐに既読が付く。
仕事中じゃないの? と勤務態度が心配になったけど、私のメッセージにすぐ反応してくれる優しさに心が温かくなった。
返信はすぐに来なかったけど、多分返事に迷っているのだろう。一番好き、というご飯がないのかな。それとも、私の料理の腕が心配だったりして。
「ありえるー」
ほとんどの家事はやったことがないが、料理だけは自信がある。料理は頑張って作れば美味しいご飯が自分に返ってくる。つまりはご褒美付きの家事だ。そして誰かに振舞えば「美味しい」と褒められることだってある。褒められて伸びる派の私にぴったりな家事だ。
そのためには食材を買う必要があるんだけど。
通販で買うのも良いけど、一度は二人でスーパーへ買い物も行ってみたい。友達と自炊する食材の買出しなんて行ったことがないから夢だったのだ。
野菜はこっちの方が新鮮そうと目利きしてみたり、お菓子買いたいーってわがままを言って、菜月に仕方ないなぁと甘やかされてみたりもしたい。
私がカート押して、菜月と二人で並んであるいて。……って、なんか想像したら同棲している恋人のようだ。
「なんか付き合ってる気分にならない?」なんて言ったら菜月はドギマギしてくれるだろうか。
しかし楽しい気持ちは消失する。昨日の会話を思い出したからだ。
「"もう"好きじゃないんだっけ」
何それ。
意味ないじゃん。
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