09 何でって何さ
翌日。出勤するとデスクは書類で山積みになっていた。昨日有休を取ったつけが回ってきたようだ。一日しか休んでいないというのにこんなことになるなんて、人手不足にもほどがある。
だけど今日はこれに助けられた。仕事で頭がいっぱいになれば、昨日のことを考える余裕もなくなるだろう。
積み上げられた書類に目を通し簡単そうなものから取り組む。
* * *
結果から言うと全然考えられた。むしろ仕事が単純作業なため、思考が捗ってしまった。
PCの画面を見ながら淡々とテンキーを打つのは、退屈でいつも他のことを考えている。その癖が今日も出てきてしまった。
瑠夢とした昨日の会話がフラッシュバックする。
『いいよ。私、そういうの気にしないタイプだから』
『何で?』
…………瑠夢の気持ちが全然分からない。
使用済みのティッシュや歯ブラシを集めて欲しいの?
「もう集めない」とか「もう好きじゃなくなった」とか言う度に表情を曇らせてる瑠夢を思い返し、「あれ、もしかして私のこと好きなの?」とか考えてしまう。
好きだからルームシェアに誘った?
「いやいやいやいや」
つい言葉に出し、頭を振ってしまう。
有り得ない。高校生のときはずっと男との惚気話をするような子だ。
嫉妬してほしかった? ……なわけない。
そしたら私が精神を崩壊するような出来事は起こらなかったはず。
大学以降は会ってもないし、好きになってもらうようなきっかけがない。
あーー、全然分からない。と頭を抱えると、
「隣人ガチャハズレたんですか?」
前からふわふわとした中音の声に話しかけられる。
後輩の岡原梨央だ。3つ年下の後輩ではあるが、彼女の人懐っこい性格のお陰で簡単に打ち解け合い、職場での友達のようになっている。
たまにいじったりからかったりしてくることもあるが、岡原さんなら許せると思える愛嬌を持っている。
「昨日の有休、引っ越しのために使われたって聞きましたよ」
プライバシー筒抜けか。まぁ、仲が良い後輩に漏れる分には問題ないけど。
「引っ越しってワクワクしません? なのに辛気臭い顔して。隣の部屋の人が最悪だったのかなー、と予想しました」
「そんな顔してた? 隣には挨拶行ってないからわかんないよ」
近年、防犯上の観点から引っ越しの挨拶へは行かないのが主流となっている。
私も瑠夢もそれに乗っ取り誰にも挨拶をしていない。
「でもうるさくなかったから、とりあえずR以上は確定」
「なんだ。それなら良かったですね」
なんだって何だ。人の不幸を喜ぼうとしないで欲しい。
「お隣、SSRのハイスペなイケメンだといいですね~」
「別に。隣だからって友達になれるわけでもないんだから誰でもよくない?」
「えー、そうですか? 隣の部屋にイケメンがいると思うと、何か得した気分になりませんか?」
隣に住むといっても、ただ隣の部屋に入っていくだけだ。隣の部屋に行く通路もなければ、別々に暮らしていて会話だってしない。
性格が良いかも分からない顔の良い男がいたところで何もときめかないと思うのだが。…………これは私が男性に興味がなさすぎるだけ?
「職場から近いとこなんですよね? 残業し放題ですね♡」
「縁起でもないこと言わないでよ」
「あはは。夜遅くなったら泊めてください」
「あーー……」
煮え切らない返事に岡原さんは頭にハテナを浮かべる。そして数秒後、何かを理解したようにキラキラとした表情へと切り替わる。
聞く前から分かる。これは彼氏とか同棲とか男の話をするときの顔だ。
「もしかして――」
「高校生のときの友達。ルームシェアすることにしたの」
先手を打ち、結婚関係の話に発展しないように話を断ち切っておく。
なんだと肩を落とし「山下さんの結婚はまだ先の話ですよね」と失礼ないじりを入れて来たため仕返しの言葉を返す。
「理想が高くてなかなか彼氏できない岡原さんには言われたくないなー?」
「ハイスペの何が悪いんですかーー!! 私は養ってくれるイケメンを見つけるまでしぶとく頑張りますからね」
話が終結したところで仕事を再開するかとPCの画面に目を移したが、ふと一般的な意見を聞きたくて再度岡原さんに声を掛けた。
引かないで、答えてくれますように。
「あのさ、変なこと聞いてもいい?」
「はい」
「もし、一緒に住む相手が昔ストーカーしてきた相手だったらどう思う?」
「え゛?」
やっぱり引きますよね。
「えーー……。どうって」
眉をひそめて、喋り方も嫌悪感でいっぱいだ。
これだけで次の回答に予想はつく。
「普通に気持ち悪くないですか?」
「だよねーー」
ますます瑠夢の気持ちが分からなくなった。
やっぱりストーカーじみたことをして欲しい人ってそういないはずだ。
今日、どう接すればいいんだろう。
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