08 何で?
思い出すだけで背筋がゾッとする記憶が走馬灯のように頭の中に駆け巡った。
過去の思い出、今、これからのこと。どこに目を向けても苦さと不安しかなく塞ぎ込んでしまいそうだ。昔もこんなことがあった気がする。
全て自分が起こした行動であるが、どうして夢中になって奇行に走ったのか。そして瑠夢はどうしてこのことを知っていながらも同居をしようと誘ってくれたのか。悶々とする悩み、不安、疑問で頭をグルグルとかき混ぜられ、クラクラとした感覚に陥る。
今考えるべきなのは、どう返事をするのがベストなのか。
瑠夢の遺伝子が獲得できそうなものは拾い集めてコレクションしていたことは事実だ。瑠夢はそれを知っている。ということはしらばっくれても無駄だ。
自分の行動を認め、謝る? ……何について謝るのだろうか。瑠夢は「こういうのは気にしないタイプ」だといっていつもの様子を崩さない。ということは謝ったところで瑠夢には響かない。自己満足にしかならない。
いやでも本当に気にしていないかは分からないし……。
けれど同居を提案してきたのは瑠夢だ。このほぼ確信のある疑惑を抱えてながら提案をしてきた。ということは本当に気にしていないのではないか。
むしろ嬉しかったのでは?
いやいやいやいやいや。
頭の中で別々の意見を持つ沢山の私が登場し議論していく。
しかし話はまとまるはずがなく
その結果、私は
開き直ることにした。
「あーー……。知ってたんだ?」
まるでクズな交際相手が浮気発覚後に口にする台詞のように。
私は全くバレても気にしないけど? という態度(内心バクバクだけど!)で返事をした。
私の態度に瑠夢は呆れることもなく、可愛い顔で言葉を返す。
「うん。前に、って。めっちゃ前じゃん」
10年前の出来事をまるで最近のことのように「前に」と表すのが面白かったのか、一人で軽く笑ってから話を続ける。
「前に、ストックの歯ブラシないのに捨てちゃったことがあって、ゴミ箱漁ったことがあって」
「もしかして、一回捨てた歯ブラシで歯を磨こうとしてたの?」
瑠夢が一度捨てた歯ブラシをもう一度使おうとしていた衝撃度が高く、つい口を挟んでしまった。瑠夢はなんでもないように笑って答える。
「よく洗えばなんとかなるかなって。ほら。洗面台のゴミ箱って、コットンとか綺麗そうなものしか捨ててなかったじゃん?」
「そう、だったかもしれないけど」
まるで昨日のことのように具体的に瑠夢が言葉を紡いでくれる。
あの大切に積み重ねた毎日が瑠夢の中にも残っていることに少し喜びを感じてしまった。
「まぁ結局、歯ブラシは見つからなかったから友達から余ってる歯ブラシをもらって歯磨きしたわけだけど」
その「友達」というのは私のことだろう。上目遣いで可愛く見つめてくれる。
言われてみれば瑠夢に歯ブラシをあげたことがあったかもしれない。
「それでその時に、そういえば最近ゴミ箱が空っぽだなーって思って」
寮の部屋の清掃があるのは週に2回。勿論各自でゴミを捨てることも可能だったが、私も瑠夢もマメな性格ではなかったため清掃の人にごみ捨て・掃除は任せていた。ゴミを漁るようになるまでは山盛りになるくらいにゴミを詰め込んでいて、たまにティッシュが零れ落ちている光景があったりもした。
そんなゴミ問題を抱えていた自室のゴミ箱がある日を境に山を作らなくなったとなれば、疑問に思うのも不思議ではないかもしれない。
「それで、そこからよくよく観察してみたところ、菜月が怪しい行動をしてることが分かりました。と」
サイドキャビネットの一番下の大きめの引き出し。鍵がかかるところにゴミ箱から拾ったものを入れてた。と当時のことを詳細に語る。
一部始終を語る瑠夢の顔に嫌悪や不快感を示す様子はない。
むしろ懐かしい話を楽しむ姿のように感じた。
「結構……知ってたんだね」
「同じ部屋だったから。それに、意外と菜月のこと見てるんだよ~?」
「嫌じゃなかったの?」
「別に。特に気にならなかったよ」
目の前で何かに使われたら嫌だったけど、見えないところでこっそり集めてるなら別にいいかなと思ってた。と当時の心境まで教えてくれた。
「だからいいよ。私が使ったもの集めるの、続けても――」
「もうしないよ」
「え?」
私の発言に瑠夢は目を丸くする。
「約束する、もうしない。もう瑠夢のこと好きじゃないから」
「え?」
瑠夢の返事で「好きではない」と失言したことに気づく。慌てて言葉を重ねるが
「好きじゃないって、付き合いたいって意味のやつね! 友達としてはめっちゃ好き」
そこでさらに失言してしまったことに気づく。
結局高校在学中から現在に至るまで瑠夢への恋愛感情は吐露したことはない。この言葉で瑠夢に好意をもっていたことが露になってしまった。
慌てると頭が働かずに余計なことばかりを言ってしまう。一度落ち着くために、深呼吸をした。肩の上下を3回繰り返すことで頭はクリアになっていく。
こうなってしまったら落ち着いて、すべて話してしまおう。
楽しい同居生活をするためには全てのわだかまりを取り除くべきだ。
そう考え、ゆっくりと口を開いた。
「好きだった。瑠夢のこと」
「だった……?」
「高校生の時ね、好きだったんだ」
「…………」
「気持ち悪い……?」
「う、ううん。菜月のことそんな風に思うわけないじゃん」
瑠夢の言葉にほっと胸をなでおろす。
「はぁ……、良かった。瑠夢ならそう言ってくれると思ってたけどめっちゃ心配だった~~。ごめん、急に告白みたいな展開になって。
卒業した後、ちゃんと叶わぬ恋だと分かって諦めたよ。だからこの同居は高校の続きだけど、ちゃんと友達同士としての同居にする。
これからはちゃんと友達としての好きで、瑠夢が幸せになるのを願っていくから」
これで瑠夢とはわだかまりなく楽しく過ごしていけると思っていた。
私の話は、自分のことばかり話しているような印象を与えてしまったのだろうか。
どんな話をしても決して下がることのない口角がどんどんと重力に従っていく。
穏やかに話す私とは対照的に瑠夢の顔はどんどんと曇っていく。
そして
「何で?」
と暗い声を発した。
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