07 叶えたい夢


 映画が始まってからどれくらいが経過しただろうか。気がつけばポップコーンは残り半分になっていた。

 ポップコーンを取るときに瑠夢と手がぶつかってしまう、なんてありきたりなプチイベントは発生せず、……というか発生しようがない。

 なにしろお相手は気持ちよさそうに寝息を立てて眠っているのだから。


 90%が泣いたラブストーリーというキャッチコピーに惹かれて、この映画を選んだが蓋を開ければ同棲する社会人カップルの平坦な日常を描いたストーリーであった。

 大人であれば感動する要素があるのかもしれないが、刺激を求める高校生の私には物足りなさがあり序盤の段階で飽きが来てひたすらポップコーンを食べていた。

 瑠夢も同じように感じていたようで、体感30分の時点で頭がカクカクと上下しだし、そこから10分も立たないうちに眠気に負け目を閉じていた。

 つまらない映画を勧めてしまったのを申し訳なく思いつつも、スクリーンの光に照らされて眠る瑠夢の顔は映画の俳優たちに劣らぬ綺麗さで、いつもと違う角度から見れる瑠夢が見れたことに小さな喜びもあった。


 何も変化のない瑠夢を眺めている方が楽しくて、じっと見つめてしまう。

 綺麗な顔、呼吸をするたびに上下する身体。

 飽きるところなんて一つもなかった。


 瑠夢を見つめてどれくらいの時間が経った頃だろうか。

 ふんわりとピオニーの匂いが鼻腔へ広がった。いつもの瑠夢のシャンプーの香り。

 先ほどまで背もたれに重心を預けていた身体が――原因は何か分からないが、私の肩へに寄りかかるように動いたのだ。

 身体の動きに合わせて一房、艶のある髪の毛が肩から落ちた。

 これはまるで映画のワンシーンのようで。鼓動が早くなった。


 この映画が評価されている理由がなんとなく分かった気がする。

 こういう傍から見れば何でもないような行動の積み重ねが幸せになっていく。

 この幸せに気づけるのは本人だけで、他の人から見ればただの日常なんだ。

 私だけが知っている幸せ。

 それに気づけた人たちが、この映画の何気ない幸せの積み重ねに涙する。

 私も瑠夢もまだそれに気が付けていなかったから、退屈に感じてしまっていたのか。


 この幸せを嚙み締めると心が満たされた気持ちでいっぱいになる。

 肩越しに見る瑠夢はやっぱり綺麗で、可愛くて。ほのかに肩から伝わる瑠夢の体温は私の体温と混ざり合って少し高くなったような、そんな気がした。


 触りたい。


 こんな無防備に身体を預けてくるなんて、本当にずるい。


 瑠夢は好きなときに私に触れるが、逆は許されない気がしている。これは多分、私が勝手に作った恋という壁のせいだろう。壁を乗り越えない限り、瑠夢へ触れることは許されない。




 映画は終盤へと差し掛かる。

 瑠夢を見ていたため全然内容を把握していたが、どうやらこのふたりは忙しい生活の中ですれ違いが重なり、度々喧嘩をするようになったらしい。

 そしてその結果、破局することになったようだ。お互いを大切に思うからこそ別れるのだそうだ。ここが90%が泣いた、泣きポイントだったのだろうか?


 その後、同棲解消のためにヒロインが部屋の片付けのシーンへと展開する。

 これはそう遠くない未来と重なって胸がきゅっとした。寮で暮らせるのは高校3年生までだ。卒業と同時に寮から出ていく――つまり瑠夢との生活に幕を閉じることになる。大好きな人との思い出が詰まった部屋から出ていくのは想像するだけで苦しい。

 けれど、映画の登場人物たちは思い出の品を見つけては「こんなこともあったね」と笑いながら会話を広げていた。

 この人たちは終わりを受け入れているから笑える。もう増えることのない思い出をここで昇華させるために笑って話をしている。

 私たちも同じことをするのだろうか。

 私には笑って思い出を話す自信はない。きっと別々に暮らす現実に耐えられないから。

 

 この終盤の展開からどんどんとこのふたりに共感を抱いてしまい、目が離せなくなってしまった。

 瑠夢は相変わらず気持ちよさそうに寝ている。そのままでいい。瑠夢には私たちが終わる関係であると思ってもらいたくない。


 そしてラスト急展開を迎える。

 お互いがそれぞれの生活を始めてから2、3か月たったところでヒロインに異変が訪れる。急な体調不良、食欲不振。もしやと思って検査をしたところヒロインが主人公の子を身籠っていた。すぐさま主人公へと連絡をして今後のことを話し合うことになる。

 話し合いの結果、ふたりは再びよりを戻すことになる。

 元々「大人の恋愛は好きだけではやっていけないよね」の方針で別れたふたりだったので、この機会でお互いの悪かったところを見つめ直し改善していけば、家族になっていくのも難しくないのではないかということだった。

 忘れられるだけになっていた思い出は、登場人物を増やし、また積み重ねられることになる。

 そしてエンドロールが流れ、ハッピーエンドで幕を閉じた。




 これだ、と思った。




 私たちを繋ぐ存在がいれば瑠夢は私とずっと一緒にいてくれる。

 もちろん、瑠夢を男から奪うのも諦めない。

 だけど保険も必要だ。

 



 私は瑠夢との子供が欲しい。

 




 それから私の計画が始まった。

 今の科学では女性同士で子供を作ることはできない。だからといって諦める必要はないはずだ。科学は日々進歩している。絶対に不可能なんてことは言い切れない。

 だから私は挑戦することにした。


 大学の進路希望を経営学部から生物系が学べる理学部へと変更した。大学で基礎を学び、研究をする。

 それから瑠夢の体液が採取できそうなものを集めた。使用済みのティッシュや絆創膏、涙や涎がついているかもしれないため枕カバーなんかも収集した。

 ゴミを漁るようで気持ちがいいものではなかったが、夢のためだ。仕方がなかった。


 私は絶対に瑠夢との繋がりを作る。


 特別な存在になるために。

 


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