06 オレンジベージュのリップ

 予行練習をしたその三日後。瑠夢は笑顔で帰ってきた。

 ベッドに横並びで座り、話をする。何があったのかは聞かされなかったが、「結局何もなかったよ~」みたいな報告はなかったからきっと何かしらの"経験"はしたのだろう。

 報告はなかったが鼻歌を歌いながら上機嫌で男とのツーショットを見せられた。

 なんでも「容姿に自信がなくて、全く写真を撮ってくれない」らしい。数か月付き合って初めてのツーショットとのことだ。私には微塵も必要ない情報だ。

 瑠夢が「本当にかっこいい~」と盛り上がる横で私は冷めた顔で写真を見ていた。

 まぁ整っている方かもしれないが隣に写る瑠夢に釣り合いが取れていない。髪型で誤魔化しているというか、顔が崩れないように笑わないとか、悪いところにしか目がいかない。なんかいけ好かない男だな、と思っていた。


 男のことで頭がいっぱいになっている瑠夢に、私も見て欲しいという思いで


「ねぇ」


 と服の裾をひっぱり、甘えた声を出す。

 

「んー? どうしたの」

「彼氏のこと大好きじゃん。嫉妬しちゃう」

「何それ。可愛い~」


 ずっと眺めていたスマホをベットに置き、私の顔を見てくれた。

 男との間に入り込めた気持ちになり、少し嬉しかった。


「私との約束も忘れないでよね」

「もっちろん、映画でしょ。何観るー?」


 * * *


 それから二週間。 

 約束通り、瑠夢と一緒に映画に行くことになった。

 デートだ。

 同室で仲が良いとはいえ、もう3年目となると一緒に出かける機会もなくなってくる。最後に出かけたのは2年生の秋ごろだっただろうか。その時はまだ「この先も友達でいれればそれでいい期」だった。


 今日の瑠夢の服装はショルダーリボンの白のフレアワンピース。

 ウエストのところがきゅっと絞られておりスタイルの良さが際立っていた。

 髪の毛はハーフアップにし、結び目には花の髪飾りを差している。さらに毛先はゆるく巻かれている。

 すべてが可愛い。

 可愛くなりたいと自分のためにしていることだというのは分かっているが、この外出デートのために可愛くしてくれているならば、私のためということでもある。

 今日一日はこの可愛い瑠夢が独占できる。幸せで蕩けそうだ。


 学校の寮から電車で30分したところにある映画館に着いた。

 ショッピングモールに入っている映画ではなく一戸建ての店舗だ。

 入口のドアを開けるとキャラメルポップコーンの香りに包まれた。


 ネットで座席の予約をしていたので発券を済ませ、コンセッションへと向かう。

 2時間映画だし飲み物は必須だ。

 レジ上の看板メニューを眺め、何にするか考えていると


「私はあれにしようかな」


 瑠夢が指を差して教えてくれる。バニラフラッぺ。

 可愛い瑠夢にぴったりなメニューだった。


「美味しそう。生クリーム乗ってるじゃん」

「だよね! レベル高くない? 美味しい保証されてるやつだよ」 

「ポップコーンは?」

「食べる。プレミアムのキャラメル濃いのがいい」

「やっぱり? 私も映画館入ったときから食べたいと思ってた」

「それー!」

「二人で一緒に食べよ?」

「うん!」


 ちょうど混んでいない時間帯だったのかレジはガラガラで、それぞれ空いているレジへ案内され注文をした。

 私がポップコーンを買うのを引き受け、メロンソーダと一緒に注文をすると会計が終わったのは瑠夢よりも後だった。

 すでに会計を終わらせ、近くのベンチへと座っていた瑠夢の元へと駆け寄り、声をかけると、まず言われたのがフラッペの感想だった。


「これやばい! 美味しすぎる!」

「もう飲んだの?」

「待ってるの暇だったから」


 会話の途中でもちゅーっとストローを吸い上げる。吸っている姿はずっと見ていたいと思える可愛さだった。


「菜月も飲む?」

「え。良いの?」

「ダメだったら自分から言わないよ。菜月も好きな味だと思う」


 何も疑わない笑顔で私へと飲み物を差し出す。それを受け取り「じゃあ、お言葉に甘えて」なんて可愛げのない言葉を発してカップを受け取る。ストローには薄くリップが付いていた。

 明るいオレンジベージュのリップ。瑠夢の顔色を明るく引き立てている彼女のお気に入りのリップだ。リップが付着していることで、さっきまで瑠夢が口をついていたストローであるとより意識させられる。鼓動が早くなってきた。

 しかしこの気持ちを明らかにするのは今ではない。平然を装いながら口をつける。


 味はしなかった。


 いや。味がしなかったことはないだろう。

 正しく言うなら、さっきまで瑠夢が口つけていたものを私の口内に入れたことに夢中になっていた。全ての意識をストローへと集中させていたため、味覚情報の処理まで気が回らなかったのだ。


「そんなに美味しい?」

「え?」

「幸せそうな顔してるから」


 どうやら顔に出てしまっていたようだ。しかし下心がバレてしまうような変な顔をしていなくて一安心する。そして


「好き。幸せ」


 瑠夢の問いをそのまま返すように、素直な気持ちを言葉に出す。


「やっぱりー? 私たち好み合うよね」


 瑠夢は私の気持ちを汲み取ることなく、言葉通りに素直に受け取った。

 同じものを好きでいることを喜んでくれる。それだったら私はいくらでも瑠夢に好みを合わせよう。

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