05-2 その言葉は劇薬

 分かったと言って、瑠夢を軽く抱きしめた。

 多分、こういう始まりのはず。それで次は――


「キス……していい?」


 さっきお願いしようとしていたことを口にする。抱きしめた後にする流れとしては自然なはずだ。


「ううん。さすがにそれは菜月に悪いよ」

「何それ。それ以上のことをさせようとしてるのに?」

「菜月の身体は大事にしてほしいから。好きな人のためにとっておいて」

「……何それ」


 好きな人は瑠夢なのに。


 私の一番の願望はあっけなく却下されてしまった。

 まぁいい。今はだめでも盛り上がったところでもう一度挑戦してみよう。

 きっと気分が乗れば返答も変わってくるだろう。


「服の中に手、入れるね」


 返事を聞いてから、恐るおそる手を入れる。

 直に触れる体温は温かく、今起こっていることが現実だということを理解させられた。そのまま余分なお肉のないお腹を撫でるように上へと手を滑らせると、予想外の状況となっていて。


「……下着、付けてないんだ」

「そっちの方が、おっきくなるって聞いたことあって」


 迷信レベルのことを実践して、自分磨きを頑張っている瑠夢に愛おしさが決壊して、つい言葉をこぼしてしまう。

 

「可愛い」

「……もぅ。バカにしてる?」

「してない。本当に可愛いと思ったから、言っただけ」


 瑠夢への恋心はいい思い出で終わらせるつもりだった。付き合うことは難しい、瑠夢にとって私はただの友達だって。

 だけど、友達から一歩先に進んでしまった。


「じゃあ、触るね」


 丸みを包み込むように手を沿わせ、覆いかぶせ優しく刺激を与える。

 その膨らみは手に収まりきるくらいの大きさではあったが、瑠夢の細い身体を鑑みると十分なサイズではないかと思う。


「なんか、くすぐったい」

「……やっぱり下手なのかな」

「分かんない」


 予想とは違う反応に、どうしたら良いかと模索する。触り方や触る位置を変えていくと、ふと甘い声を漏らした。


 恥じらいから声を必死に我慢しているが、耐えきれなかった瞬間、甘い声が放出される。これが逆に色っぽさを演出していることに瑠夢は気づいていない。


「……気持ちいいの?」

「う……、やだ。聞かないで」


 途切れ途切れに答える瑠夢は何も教えてくれないが、この言葉で理性が崩壊したように、正直な反応をするようになった。


 普段の生活では絶対に聞くことができないような色っぽさを前にして、私の心臓は痛いくらいにバクバクと音を立てて動いている。


 瑠夢の姿に興奮していた。


「声、我慢しないで」

「……やだぁ。恥ずかしい」

「可愛いから。もっと聞きたい」

「ゆ、唯人くんも、そう言ってくれるかな……?」


 男の名前。それが彼氏の名前だろうか。

 男の名前を出された瞬間黒い感情が湧き出たが、私の刺激によって喘ぐ声に余計な感情は掻き消されていった。


「きっとそうだよ。好きな人の恥ずかしい姿、もっと見たいもん」

「言い方いじわる」


 可愛い文句で返されたが瑠夢の嬌声はさっきよりも大きくなる。

 私のお願いを聞いて、それを取り入れてくれる瑠夢。

 なんて、可愛いの。


 気持ちが昂り、次は口で刺激を与えたいと思いパジャマを脱がせることにした。

 恥ずかしいと抵抗されたが暗いから何も見えないよと嘘を伝え、押し切るように上を脱がせた。共同のお風呂に一緒に入ったこともあるので初めて見たわけではないが、この状況で見る裸は言葉にできないくらいに素晴らしいものだった。


 私のベッドで半裸の瑠夢が息を切らせながら横たわっている。

 感動で溜息が出る。この幸せな時間が永遠に続けばいいのに。


 指で刺激を与えていたところに舌を沿わせると、先ほどとは比べ物にならないくらいの甘い声が出る。

 限界を知らない鼓動が自分至上一番の速さを刻む。


 瑠夢。もっと私でぐちゃぐちゃになって。私の愛で乱されて。

 

 瑠夢、瑠夢、瑠夢―――


「好き」

「ん……」


 感情がコントロール出来なくなり、口に出していけない言葉を放ってしまう。

 瑠夢で火照った身体はさーっと冷たくなる。


「好きって言って。……そうした方が多分、喜ぶと思うから」


 瑠夢しか考えられなくなっていた頭をフル回転させて上手い言い訳を捻出する。

 敵に塩を送ることになってしまったが、咄嗟に出た言い訳としては上手いものだろう。

 あとは誤魔化すように愛撫を繰り返す。

 きっと疑問はどこかへ消え去ったことだろう。


「瑠夢、好きは? ……ねぇ、好き?」


 これだけは忘れないでほしい。アシストするように、質問を投げかけると瑠夢は蕩けるような顔で私を見る。


「好き……っ、好き、だよ!」


 喜びで息が詰まりそうになった。

 


 * * *



「それじゃあ、行ってくるね!」

「うん。いってらっしゃい」


 部屋を出て廊下の突き当たりまで、瑠夢の背中が見えなくなるまで目送した。瑠夢は終始ワクワクとしており、後ろ姿だけでもその感情が伝わってきた。


 姿が見えなくなったところで部屋へと戻り、ベッドへとぼふっと倒れ込んだ。


「…………」


 枕に顔を埋めると、仄かに瑠夢の匂いが香る。

 いつか消えてしまう匂いであるのなら、今すべて吸い尽くして私の中に取り入れたい。普段よりも意識して深い呼吸を続けた。


 匂いを吸収しながら深夜の出来事を振り返る。

 色っぽい声。赤く染まる頬。小さく跳ねる身体。

 甘い声で私に好きだと必死に伝える姿。


「瑠夢……瑠夢、瑠夢ぅ」


 男の名前を呼びながら、男の存在を頭の片隅で意識しながら、私が与える刺激に反応をしていた。

 だけど、そんなことはなんでもなかった。


 瑠夢の中に男の存在があったとしても、そこにいたのは私だ。私が瑠夢の心と身体を満足させた。私が瑠夢に初めての快楽を与えた。

 これは一生曲げることのできない真実だ。今の私はそれがあれば十分だった。


 学生の恋愛は長くは続かない。きっと男とはすぐ別れる。そうしたら瑠夢を振り向かせよう。


 もう我慢するのは終わり。

 ずっと友達でいようと我慢をしていたところに、一線に飛び込んできたのは瑠夢だ。ならば、私も瑠夢の恋愛対象として名乗りを上げても良いだろう。


 好き、好き、好き。


 幸せでいっぱいになり、頭がふわふわになる。

 こんな経験したことない。


 瑠夢、瑠夢、瑠夢。


「瑠夢、大好きぃ」


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