05-1 友引の夜


 高校3年生の6月19日。

 梅雨の最中ではあったが朝から晩まで晴れた一日であった。

 暦では仲夏らしいが、まだまだ過ごしやすい春の延長といった印象で、昼間はぽかぽか、夜は涼しいといった気候だ。夜の空気は気持ちが良いので寝る直前までは窓を開け、澄んだ空気を取り込んでいた。

 忘れたくない夜だから、あの時のことは全部覚えておきたいんだ。



「……ん?」


 消灯時刻は過ぎ、まだ日付は変わらないくらいの時刻。

 私は布団に違和感を感じ、目を覚ました。

 まだぼやける視界の中凝らすように違和感のある方を見ると、そこにいたのは瑠夢だった。

 

 瑠夢が私の布団の中にいる!?

 どういうこと、と身体びくつかせると瑠夢が気づいたように口を開く。


「ごめん。寝てたよね?」

「別に大丈夫だけど。こっち私のベッドだよ、寝ぼけてる?」


 私が寝ているんだから私のベッドである。そんなのは見れば分かる。瑠夢が同じ布団の中にいる事実に混乱して、わざわざ説明をしてしまった。


「あのね。菜月にお願いしたいことがあって。それでこっちに来たの」

「え? まぁそれは良いけど、とりあえず自分のところ戻ろ?」


 一緒に寝るなんて夢にまでみたシチュエーションではあったが、シングルベッドに二人で眠るのはやや狭い。瑠夢が身体を痛めてしまう可能性もあったので、夢のシチュエーションを遂行する気にはなれなかった。

 

「ここで、することなの」

「…………?」

「予行練習に付き合ってほしくて」


 予行練習、とは。


金曜日あしたの夜から2泊3日のお泊りに行くんだけど、その……彼氏と」


 彼氏。その言葉で瑠夢の伝えたいことのすべてを察した。


 彼氏、いたんだ。

 可愛い女の子にはみんな彼氏がいる。それはこの世の常識だった。

 なのに瑠夢には彼氏がいないって都合の良い幻想を抱いていた。

 見たくない現実を見せつけられた気分だった。


「最近付き合ったばっかりで。お泊りするのも始めてなんだ」


 聞いてもいない情報が次々と与えられる。

 返す言葉が見つからず、黙り続けてしまった。


「叶乃……友達がね、男女で二人っきりになったら絶対…………その、そういうことするって」

「そうなんだ」


 やっと出てきた言葉が、薄い相槌だった。


「はじめてって重いっていうじゃん? 慣れてるって思われるのも嫌だけど、……こう支障がないようにしておきたくて」


 はじめてなんだ。


「変なことお願いしてる自覚はある。でも、こういうこと菜月にしか頼めなくて」


 私にしか頼めないこと。


「代わりにといってはなんだけど、菜月のお願いも何でも聞く!」


 だからお願い! と手を合わせてお願いされる。

 何でも。じゃあ、


「…………」


 願望を口に出そうとしたところで止めた。これは『練習』のときに言えばいい。どさくさに紛れて、願いを叶えてもらおう。

 そんな邪心とも呼べる気持ちを抱えながら、無難なお願いを口にする。


「一緒に映画行こ」

「良いね、行く行く! 何か観たいのあるの?」

「そういう……」


 ただ瑠夢と一緒に出かけたかっただけで目的の映画は特にない。そういうわけではない、と言葉を続けようとしたが、では何故映画の約束を取付けようとしているのか。変に勘繰られるのも困るので話を合わせることにした。


「こと。……そういうこと!」

「そうなんだ、今度詳細教えて。菜月が気になるものってどんなのか知りたい」

「うん。今度教える」


 話がまとまったところで二人の間に緊張した空気が流れる。

 これから瑠夢の触れたことのないところに、そして瑠夢は触れられたことのないところに触れる。手を繋ぐくらいのスキンシップはあったとしても、それ以上のことはない。緊張しない訳がなかった。


「じゃ、じゃあ。オネガイシマス」

「……こちらこそ、よろしくお願いします。下手だったら、ごめん」

「なんとなくで平気。心構え作っておきたいだけだから」


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