04 恋に恋するお年頃



 きっとあの時は恋に恋をしていたのだと思う。誰しもそういう時期があったことだろう。


 私の場合は高校生の時。今まで読んできた漫画の主人公の多くは高校生で、私も高校に入学したら漫画のような恋愛ができると思っていた。

 しかし、私が通うことになった高校は女子校。そして全寮制。運命の出会いなんて無いに等しかった。


 だけど、恋愛への憧れは捨てることはできない。何年も夢みたことだったから。

 だから私は好きな人を『作る』ことにした。恋は落ちるものだと言うが、自然落下を望んで待っていたらいつになるか分からない。私は今、恋がしたいんだ。


 そういう訳で、ターゲットにしたのは寮で同室の矢矧瑠夢だった。


 瑠夢は一言でいえば『女の子の目標』のような子だった。

 メイクなしでもオーラを放つ整った顔。色素の薄く茶色がかった髪色。綺麗な声から放たれるのは、常にポジティブな言葉で、瑠夢として生きられたらどれだけ幸せか、と考えたことは何度もある。

 ころころ変わる表情も可愛い。線になるまで笑う目。上がった口角。笑った口からは綺麗に並んだ歯が見える。


 自己暗示とはすごいもので、瑠夢のことを好きだと思い込めば思い込むほど、彼女の姿を見るたびに脈拍が早くなった。彼女が他の誰かと話していると心臓を抉られた気分になり、彼女に笑いかけられたときには呼吸の仕方を忘れるくらいに動揺した。

 お風呂は共同、クラスは同じ。就寝以外――意識のある時間は全て行動を共にする瑠夢に想いを積もらせ、本物の『好きな人』に変わっていくのにそう時間は掛からなかった。

 私は好きな人と一緒に過ごせる、その幸せを噛み締めながら、一線を越えることのない毎日を送っていた。

 私は瑠夢のことを特別に感じているけど、瑠夢にとっては特別ではない。この先ずっと一友人、一ルームメイトとして記憶に刻まれていく。


 だけどそれでいい。

 気持ちを伝えて、瑠夢に受け入れてもらったとしたら。嫌悪を向けられ、友達ですらなくなったら。

 特別と安寧を秤にかけ、傾いたのは安寧だった。今の幸せを壊してまで、関係を進めたいと思う勇気はなかった。

 甘く楽しく、すこしほろ苦い大切な思い出として、私の中にしまっておければ、それで良いと思っていた。


 


 そう、思っていた。


 あの夜、友達としての一線を超えてしまうまでは。



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