03 これはある種の死刑宣告で


 あれから一ヶ月。


 同窓会の翌日、瑠夢から連絡があり同居の話は進む運びとなった。一緒に内見に行き、いくつか候補を立てた中で結局あの日に気に入った物件を選ぶことにした。


 そこから入居審査、契約手続き、荷造り、家具の取捨選択と怒涛の引っ越し作業を乗り越え、気づけば今までとは違う住まいでローテーブルに横並びで瑠夢と座っていた。


 片手には紙コップ。中身はノンアルのスパークリングワイン。なぜノンアルなのかというと瑠夢が弱いからだ。


「それでは、これから末永く……」

「「よろしく!!」」


 私たちの新しい始まりを祝うように、窓から春の匂いを乗せた風が入り込む。カポッとハリのない音を立て乾杯した少し苦味のある白ブドウの味を引き立ててくれるように、心地の良い風だった。


「ホントにホントにルームメイト復活だ! 夢みたい……!」

「瑠夢は私のこと好きなの?」

「好きだよ! 大好き。そうじゃないと、一緒になんて暮らさないでしょ」


 「夢みたい」なんて、今まで待ち望んでいたような、大袈裟な表現をされたから意地悪な質問をしてみた。しかし予想の3倍以上の嬉しい回答に、そして嘘のない笑顔で語る瑠夢に少しドギマギしてしまった。


「菜月も私のこと、好きでしょ? ねね、18歳の続きしようね!」

「映画観ながら寝落ち……みたいなのが好きなんでしょ?」

「そう、それ! ふふっ、漫画じゃなくて映画ってところが大人になったって感じだね」


 大学生のとき、お泊まりで映画鑑賞会とかしたかったなぁと瑠夢は呟く。そして何かひっかかるように口を開いた。


「でもなんで高校卒業してから一回も連絡取り合ってなかったんだっけ? こんなに仲良しなんだから、少なくとも一回くらいは遊んでもおかしくないと思うんだけど。……う、はっくしゅ」


 話に水を差すように窓から風が入り込むと、瑠夢はくしゃみをした。そういえば今の季節は春。ということはーー


「花粉症だっけ。窓閉めよっか」

「ありがとう〜」


 私は立ち上がり、窓へと向かう。

 空気の入れ替えのために昼間から開けていた窓だったが、夜が始まる時刻。もう十分であろう。

 背後では鼻水つらい、と言いながらティッシュで鼻を擤む音が聞こえる。


「薬切れるとすぐこれだよ〜。もーー、なんか年々花粉酷くなってない?」


 そんな独り言を聞きながら、ローテーブルへと戻る。目の前に座る瑠夢は何度も擤んだのか鼻は赤くなっていた。


「この時期はバッチリ化粧しても、花粉のせいでボロボロだよ」

「それでも、可愛いと思うけど」

「え〜、バカにしてる?」

「そんなわけ。トナカイみたいで可愛いよ」

「バカにしてるじゃんーー!!」

「あはは」


 真面目に言っても言わなくても、言葉通りに捉えてくれないことを見越して、少し意地悪なことを口にする。ぷんぷんと怒ったふりをしてる瑠夢が見れたので、こういうアプローチもありかもしれない。なんて思った。


 数分も経たないうちに、調子も整ってきたのか鼻を噛む音は止んだ。ゴミ箱は私側にあるため、一旦はテーブルに使用済みティッシュが積まれている。きちんと鼻を擤んだ面は内側に丸め込まれていたため、私的には特に気にならなかった。


「菜月、これあげる」


 瑠夢からティッシュが差し出される。捨ててと、言いたいのだろう。高校生のとき、捨てて欲しいものを渡して「あげる」と言ったことがある。これはそういうコミュニケーションだろう。


「こういう時は捨ててって言うんだよ」


 しかしこれからはそうとはいかない。

 瑠夢と住むことをきっかけに同棲の心得(瑠夢とは同居だけど)のような記事をたくさん読んだ。今まで異なる環境で暮らしてきた二人が、同じ場所に住むのは意外と難しいものらしい。関係を壊さず暮らしていくためには、お互いを尊重し合う気持ちを忘れないこと。人の心は分からないものだから、言葉はきちんと使おう。そんなことが書かれていた。


 しかし、瑠夢は私の指摘を受け入れなかった。


「ううん、あげる」


 一音一音、しっかりと発音するように言葉を繰り返す。


「うーーん……」


 まぁ、今日は初日だ。これからゆっくり慣らしていくのでもいい。

 もし、直らなかったとしても私が気にしなければいいだけだ。


「もう、仕方ないな」


 結局は甘やかし、少し笑いながらゴミを受け取る。


 そしてゴミ箱へ捨てると瑠夢は小さい声で「捨てちゃうんだ」と呟いた。


 ハッとして顔を上げると


「こういうの集めてたでしょ?」


 なんてないことのように、瑠夢は言う。

 表情も口調も、いつもと変わらない。

 まるで毎日していたのを見ていたように。



 



「いいよ。私、そういうの気にしないタイプだから」


 両手で頬杖をつきながら、私のことを見る瑠夢は一体何を考えているのだろう。



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