第20話
溜まりゆく水。出口のない空間。このままでは溺れてしまうのは予想できる事だった。
「さぁ、命乞いを……」
「はぁ」
ソードは烏の形をした水を斬り落とし、ため息を吐いた。
「出来れば新入りの為にもこの手は使いたく無かったんだがな。『結果は納得出来るけど過程が納得いかない』と言われたから新入りに分かりやすくする為に使わなかったんだ。だけどこうなるともうあの手しか無いな」
一人面倒くさげに言い、剣を鞘に仕舞った。
「と言う訳だ、お前達。俺が今からやることは真似しなくていい。寧ろ真似できたら凄いことだからな。あとこの技に対する質問も受け付けよう」
甲羅から飛び降り、先ほどと同じ容量で瞬間移動し玄武と少し離れた場所の正面に立つ。困惑した顔の玄武は、それでも優位性を感じさせる声でこう言った。
「何をするつもりだ?今更どう足掻いたところで無様に逃げ帰るか溺れて死ぬかの二択しか無い訳だが……」
「集中力が途切れるから黙ってろ」
仕舞った剣の柄に手をかける。そさて目を閉じる。
その途端。
「な、なんだ?」
「ち、ちょっと、これってどう言うこと!?」
全ての時の流れが遅くなった。
後退りする名前も知らない新入りと、パニックになってきょろきょろと周囲を見回すネールも、おそらく自分もスローモーションになっている。
これは一体どう言うことだ、と言おうとしたその時。
「シィッ!」
ソードは虚空に向かって抜刀術を放つ。
その瞬間。
空間が玄武ごと斜めに『ズレ』た。
「……え?」
間の抜けた声を出すネール。だがその沈黙もすぐにかき消された。
「グギャァァァァァァ!!!!」
ズレた空間から大爆発が起こり、玄武の悲鳴が響き渡る。甲羅の欠片、肉片、床の一部、それらが此方に向かって飛んでくる。殆どはバリアに弾かれて床に転がったが、幾つかは腕で目を隠したソードに当たる。
やがて爆炎がなくなり、黒煙も散った頃、そこに残っていたのは身体を斜めに真っ二つに斬られ、断面から血をドクドクと流している玄武の死体だけだった。
その光景を数秒だけ眺め、興味無さそうに顔を背け、バリア内部まで戻ってきた。
「今ので分かったな?将来お前達が戦わなくてはいけない『敵』だ。他にも色んな特徴を持った奴らがいるから授業と実習を通して色々学んでい……」
「ちょっと!」
ネールが胸ぐらを掴む勢いでソードに迫っていく。
「今のどう言うこと!?時間が遅くなったんだけど!?その上空間がズレるあの技はなんなの!?」
「あー、落ち着け。後で話すから。それより最後にやらなければいけない事がある」
ソードは胸の前に手をかざす。すると、宙に浮かぶ半透明型の板のような物が出てきた。
「魔力とエネルギー体の一時固定化だ。こうしないと玄武が世界から奪った力や死体から放たれたエネルギーが放出されて虚空へと消え、世界を元に戻すのが難しくなる。そこでこのアカシックレコードを使ってこの空間に止まらせる、と言うことだ」
板に浮かんだ文字や枠を手慣れた様子でタタタ、と押し、最後に一番下にある『この条件で固定化する』と書かれた枠をタッチした。
その瞬間板は消え、後には何も残らなかった。
「これで一連の仕事は終わりだ。取り敢えず流れはわかったか?」
その問いに頷きを返す新入り達。その様子にソードは満足そうに笑った。
「よし、いいだろう。では帰還する。
帰りも行きと同じだから無いとは思うが、変なところに行って逸れないようにな」
そう言ってポータルの中に入るソード。その後に新入り達も続いた。
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