第9話

 何度夢に見たことか。あの────悲惨極まる光景を。


「ある日王から遠征の指示が出てな。元々魔族側で地位のあった生き残りが復権の為に暴れていると。それを討伐する為に、俺は馬に乗り二日ほどの遠征に出た。」


 正直平和になった世界で遠征など必要なのか、そもそもそんな魔族はいなかった筈だが、と思ったりもした。

 だがあの民衆から慕われている王が言うなら本当なのだろう、とそこで思考停止してしまった。ああ、自分はどれだけ愚かなのか。後悔してもし足りない。


「目的地に着いた途端……茂みから兵士が現れ、俺を取り囲んだ。

どういうことだ、と言ったらお前は魔族に与する裏切り者だと。新たな魔王となるかもしれない爆弾だと告げられた」


何故そんな事になったのか。答えは明白だった。


「ヴェスパーだ。ヴェスパーが情報を漏らした。魔族と仲良くする姿を見て俺を信じられなくなったらしい。それで俺を始末しようと遠征とホラを吹いたんだ。どんなに話し合おうとしても、剣で切り掛かってくるだけで答えはない。仕方ないから、全員……殺したんだ」


 思えば生きた人型の敵で魔族ではなく人間を切ったのは初めてだった。感触は同じのはずなのに、どうしても拭いきれない罪悪感。人間の血で染まった聖剣。『裏切り者』と題して絵を描くならこれ以上のモデルはいないだろう。


「俺は急いで馬に乗って、自分の領地へ向かった。間違いなくあの別館の事もバレていたからだ。

馬を潰す勢いで走って……走って……見たのは……」


 胃から込み上げてくるものを根性で飲み下す。その姿にレレは心配そうに顔を覗き込んだ。


「大丈夫?嫌なら話さなくてもいいんだよ?」

「……いや、言う。そうしないと今にも感情の波に押しつぶされそうだ。誰かに話したかったって言うのもあるしな」


 茶を飲み、口を開く。


「……地獄だった。一人残らず死んでいた。串刺しに磔、剣で斬られ、槍で刺され、あるいは魔法で焼き焦がされて……あそこに魔族は誰一人残らなかった」


 むせかえるような煙と血で充満した空気。老人も、女子供も、区別なく殺されていた。一体どういう事なのか、何も考えつかなかった。


「呆然としていたら後ろから騎士団長がやってきた。『餌にかかったな、裏切り者』と笑っていたな。そして二度目の殺し合いだ。もう何人殺したかわからない。生きる為に、がむしゃらに斬った。

……騎士団長には逃げられた。王に報告しに行ったんだろうな。そこからは逃亡劇の始まりだ」


 目立たないように黒のフード付きローブを纏い、顔を隠すように仮面をつけて、自分の街から離れた。何故こうなってしまったのか。疑問と後悔は尽きない。確かなのは、魔族達を救えなかった事、自分は逃げなければいけないこと、それだけだった。


「それからずっと逃げ続けた。大陸を横断し、海を越え、違う国に行くほどに長い旅だった。途中で部隊に追いつかれて殺し合いになったが、全員殺して逃げた。途中魔族がいたら人間のいなさそうな所に移動させたりしてな。

それでも最後に騎士団長率いる部隊に追いつかれて、廃教会で追い詰められて、逃した魔族は全員殺したと聞かされて、火をつけられて、もう終わりか、と思ったその時にアストに助けられて……今に至る訳だ」

「そっかぁ」


 一息付き、スクランブルエッグを口にする。固形物が入りそうに無い今は、このくらいの柔らかさのものが丁度よかった」


「うん、教えてくれてありがとね、ジコウお兄ちゃん。そうだね、とっても辛い思いしたんだね」


 いつのまにか流れていた涙を指で拭われる。至近距離で見るレレの顔はあどけなく、なんとも愛らしいものだったが、悲しそうな表情をしていた。


「分かるよ、それ。天使やってた時も管理者になっても同じようなのよく見たもん。強者になった途端我を忘れて暴虐の限りを尽くすんだぁ。見てて悲しいし、ムカつくしそれに……」


 今までギョロギョロと周りを見回していた両翼の目玉がぎょろりとこちらを向いた。


「この状況を作った人、馬鹿だなって、思うんだ」

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