第10話

「……何?」


 予想していなかった答えに思わずソーセージに向かおうとしていたフォークが止まる。席に座ったレレはまだ愛らしく笑っていた────口だけは。


「だってそうだよ?平和って言うのはね、善の心だけで手に入れられる物じゃないんだ。時には冷酷になる事も必要とされる。

例えばさっきのジコウお兄ちゃんの例だとねぇ……なんで魔王と戦ってる時に皆殺しにしなかったの?」

「皆殺し……そんな、残酷な事、俺には……」

「出来ないって言うの?結果魔族達が虐められる事態になってるのに?死んだ方がマシな状態になったのに?」


 レレの青色の目は、見透かすように此方を見ている。その情景に、ごくんと喉が鳴る。


「殺し殺されの憎しみの連鎖はね、思ってるよりタチが悪いんだ。一人でも残ってればそこから燃え広がる。だから、潰すときは徹底的に潰さないと駄目なんだ。

多分だけど……今更魔族をこっちに避難させたって、また争いは起きると思うよ。だって、『弱者を痛ぶる快感』をジコウお兄ちゃんの人間達は知っちゃったもん」


 レレはデザートの苺をパクッと食べ、話し続ける。抉るように。弱点を殴り飛ばすように。


「人間って言うのはね、ジコウお兄ちゃんが思ってるよりどうしようもない連中なんだ。勿論ジコウお兄ちゃんみたいな本当にいい人っていうのはいるけど、大抵お兄ちゃんみたいに使い捨てられちゃう。平和を望み、その為に手を合わせ、夢を叶える為に突き進む強さと美しさはあるけど、その反面快楽に溺れやすい。

……憶測だけど、魔王は人間が善でいる為の柱だったんだと思うよ」

「じゃあ魔王を倒すべきではなかったと言うのか!?それでは村や町の人々は……!」

「あーもー。だからさっき言ったじゃん。本当に『人間を』救いたいなら、魔族を皆殺しにすればよかったって」


 その言葉に頭がふらつく。平和とは、そこまで血生臭い物なのか。もっと明るい、優しい物では無いのか。

 今まで積んできた物が崩れる音がする。また迫り上がってきたものを強引に飲み込む。今度は慰めの言葉は返ってこなかった。


「……お兄ちゃんからすれば、人間も魔族も、どっちも幸せにしたいって思ってるんだろうね。でもそれ、すごーく難しいの。今まで争っていた仲なら尚更ね。

まぁでも、そんなジレンマを解消する手っ取り早いやり方はあるにはあるんだけど……」


 そのとき、けたたましく鐘の音がなる。席について食事をしていた者は急いで残りの料理を書き込み、談笑していた者は席を立ちどこかへ歩いていく。


「ってもうこんな時間!ジコウお兄ちゃん、早く食べて食べて!遅刻しちゃうよ!」

「ま、待ってくれ!今食べるから!」


 まだ半分も残っている食事を前に押し出され、ジコウは我に返った。

 そうだ、今は話し込んでいる場合では無い。魔族の救済と引き換えに行った世界の管理者になると言う条件を満たす為にここにいるのだ。慌ててサラダにフォークを突き刺した。


「……やはり多すぎたかもしれないな……」

「だからそう言ったじゃん〜!」

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