第8話
「……ふぅん?」
ドレッシングのかかった葉野菜を飲み込み、レレは可愛らしくこてんと首を傾げながら問う。
「信じていた、ってどういう事なのぉ?」
「……そうだな」
オリーブオイルの香りがするエスカルゴをフォークで突っつきなごら口ごもりつつ答える。
「最初の数ヶ月は本当に平和だったんだ。村や町は魔族の危機から解き放たれ、俺たちは王から言葉を頂いた。子々孫々に渡る名誉と地位と資産と共にな。それからは貰った領地に移動し、街の子供達に剣を教えつつ、普通に暮らしていたんだ」
話は続く。声も少しトーンが低くなる。
「異常に気づいたのは……四ヶ月経ったあたりかな。たまには店で食事をしようと思って表通りをぶらついていたんだ。そこで鞭の音が聞こえた。奴隷法は禁止されていたはずだから、誰か裏庭で鞭の鍛錬でもしているのかと思ってそっちへ行ったんだ。
そうしたら……見窄らしい服を着た魔族の母子が鞭で打たれていた」
フォークを持つ手に力がこもる。
「俺は動揺して、慌ててそこに駆け寄ったんだ。何をしているのかと。帰ってきた答えは……今までの恨みを晴らす為、だった」
今でも鮮明に思い出せる。子供が虫を痛ぶるような顔で鞭を打ち、こちらに気づいた瞬間手をこねながら近づいてきた額に汗が浮かぶ恰幅のいい男。狭い裏庭の隅で子供を守るように蹲る母親。泣き声を必死で堪えている子供。悲惨で、血生臭く、平和からは程遠い光景だった。
「今まで散々商売の邪魔をされて、信頼していた従者も殺された罰だと。あいつはそう言った。だとしても、それは目の前の母子とは関係ないだろう。そう言ったらあいつは鞭を捨てて引き下がったがな。
……今にして思えば、あそこであの母子を保護するべきだったと思うよ」
気が動転して、何をするべきか分からなくなっていた。そう言い訳するのは簡単だ。それでも過ちを正当化する事はできない。ただ傷を癒して、それなりの金を渡し、じゃあそれではと戻るべきではなかったのだ。今はもう、あの母子は殺されているだろう。
「それから情勢を調べた。そうしたら至る所から、魔族の生き残りを虐げ、持ちうる物全てを奪っているという情報が入ってきた。俺は今まで何をやってきたのか分からなくなった。人間は味方で正義、魔族は敵で悪、そんな認識をしていたからな。けどそれが信じられなくなって……せめて生き残った魔族だけでも救いたいと、領地の目立たない所にたまにのんびりする為の別館と称して建物を建て、そこで密かに保護活動を始めた」
最初の活動は酷くおぼつかないものだった。先程のように裏道を歩き、虐待されている魔族を見つけたら相手を説得し─────此方の方でで身の程をわからせてやるという言っていて吐き気がする内容だったが─────魔族を匿う為の建物へ連れてくる。
「最初は規模が小さくて、俺一人の手では限界があると思った。だからヴェスパー……ああ一緒に戦った盗賊だ、そいつに情報や魔族を連れてきて貰えるよう頼んだんだ」
「そこからは規模も大きくなり、連れてくる魔族も増えた。皆絶望に目を曇らせていたが、同族がいると知り、だんだんと生気が戻ってくるのを見るとこの活動は間違っていなかったんだ、と思うようになった。」
弄っていたエスカルゴをフォークで突き刺し、半ば無理矢理飲み込む。
「そこまでは、順調だったんだ」
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