第7話

「……ちゃん、……いちゃぁん」


 聞いた事のある甘ったるい声に、ゆっくりと目覚める。


「お兄ちゃん、朝だよぉ」


 目を開けるとそこには顔を覗き込むレレの姿があった。ジコウが目覚めたのを確認すると、にっこりと笑う。


「もう朝だよ、ジコウお兄ちゃん。早く支度しないと授業に遅れちゃうよぉ」

「……あー」


 カムイは昨日のことを思い出す。もはや必要無くなったボロボロのローブを捨て、部屋着に着替えるとどっと疲れが溢れ出し、倒れ込むようにベッドに潜ったのだった。

そして五分もせずに眠りにつき、目覚め、今に至る。


「朝か。ありがとう、起こしに来てくれて」

「ううん、お仕事だから気にしなくていいよぉ。

それよりもぉ、お腹空いてない?」


 そう言われて気がつく。昨日から何も食べていないことに。それを自覚すると途端に腹が空いてきた。


「そういえばそうだな。ここって、食堂はどこにあるんだ?」

「案内するよぉ、でもその前にぃ」


 レレはクローゼットを指差す。


「黒コートに着替えてくれないかなぁ?あれが一応正装みたいなものだからぁ」

「そうか、そうだな。……しかし君がいる手前、何処で着替えれば……」

「風呂場で着替えればぁ?大丈夫、見ないよぉ」


 そう言ってわざとらしく蹲り、目を手で隠すレレ。

 それを見て苦笑しながら、クローゼットから黒コートと黒いブーツを取り出すのであった。






「こんなところがあったんだな」

「ここはちょっと複雑な場所だからねぇ。大丈夫、そのうち覚えるよぉ」


 扉を出て、また五分ほど歩き、少しだけ立派な扉を潜る。するとそこは食堂だった。

 見渡すほど大きい部屋には沢山のテーブルと椅子が並び、奥にはバイキング形式の食事が並べられている。朝方ということもあり、多くの人で賑わっている。


「さて俺は……このくらいでいいか」

「……お兄ちゃん、そんなに食べるのぉ?朝から多すぎるよぉ」


 バイキングから食事をとり、テーブルにつく。ジコウの前に並べられた大盛りの食事を見て、レレは呆れたように言った。


「そうは言っても昨日から何も食べていないからな。それにそれ以前からもまともな食事が摂れていないんだ」

「そうなんだぁ。ねぇジコウお兄ちゃん、気分が悪くなければなんだけど、これまで何があったか教えてくれるぅ?あ、食べながらでいいからねぇ」


 ソーセージにフォークを突き刺しながら言うレレ。隠し立てすることでもないか、と思いジコウは口を開いた。


「俺は……元々の世界で勇者をやっていた。村が魔物に襲われ、無我夢中で無意識に魔法を使い、その時に勇者にしか使えないと言われる光魔法を扱える事が分かり、選定の場で聖剣を賜った。そして旅の連れとなる仲間を紹介され、旅に出たんだ」


 パンをちぎり、口の中にいれる。しっとりふわふわとした質感で、ふわりと甘みもあって非常に美味い。


「ふむふむ、ありがちな出だしだねぇ。それでその後何があったのぉ?」

「ありがちって……そうだな。魔族の支配に喘いでいる人達を助けたり、魔物に襲われている村を守ったりしていた。あの時が一番充実していたな」

「ふーん。今は充実してないんだぁ?」

「そう言うわけでもないが……」


 毒のある言い方に苦笑しながらポテトサラダに手を伸ばす。丁度いい塩気に香辛料が効き此方も美味い。


「とにかく、そうやって人々を助けながら魔王を目指して旅をしていた。魔王領に近づくにつれて戦いも激化していったな。特に最後の方は野営する場所を見つけるのすら困難だった」


 何せ5分も歩けば魔族が襲ってくるのだ。見つからない場所を探すため、仲間の盗賊に頼ったのは一度や二度ではない。そうして漸く野営する場所を見つけても、魔族の襲撃で目を覚ましそのまま休むことも出来ずまた歩を進めることになる、といった事が多かった。


「旅の疲れを取ることもできず、ただ戦いながら歩きづけるのは本当に辛かったな……だが、それでも使命があったから頑張れたんだ。仲間たちからの信頼を裏切る訳にもいかなかった。そうやって魔王城に辿り着き、魔王を倒し……平和が訪れた」


 パンの最後の一欠片を飲み込み、そこで鎮痛な面持ちになる。


「俺はそう信じていたんだ」

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