第5話

 光の先。そこには見たこともない情景が広がっていた。


「……これは」


 そこはあまりにも広かった。床と秩序的にある太い柱は大理石でできており、天井には羽車仕掛けの時計や彫刻が成されている。また、至る所に先ほど見たポータルや装飾の成された扉が突拍子もなく置いてあり、そこをマントとフードのついた黒コートの人物達が忙しそうに行き来していた。

 壁には見上げるほどの本棚もあり、白や黒の翼を持った白いローブの者達が本を出して中身を読み始めたり逆に戻したりしていた。


「すごいな」


 かつて行った王都の図書館を思わせる賑わいに、思わず声が漏れる。そんなふうに周囲を見回していると、ある人物が寄ってきた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃ〜ん」


 幼いのは間違いない、それでも作ったかのような可愛げのある声。下から聞こえた声に顔を向けると、そこには少女……とも呼べないような幼女がそこにいた。


「お兄ちゃん、もしかして来たばっかり?だったら私の案内に従って欲しいかなぁ」

「君は?」

「私?私はレレ。今まで天使やってたけど色々あってここにいるんだぁ」


 少し前屈みになり、両手をグーにして顎の下に置くレレ。白いローブを着ているのは本棚の者達と同じだったが、背中の翼はまさに異形だった。翼の輪郭はなんとか維持しているが、所々から黒い触手が生え、大きな目玉がギョロギョロと周囲を見回している。また全体が黒い粘着質な液体に覆われ、地面に滴り落ちては瞬時に蒸発している。

 見た目は白い短髪と青い目の可愛らしい少女なだけに、そのギャップは異常だった。


「……君はもしかして……堕天使、というやつなのか?」

「んー、広い目で見たらそうかもぉ。天使の仕事って退屈でぇ、ちょっとサボってたらここにお呼びがかかったんだぁ。それに答えたらこうなっちゃったのぉ」


 でも後悔はしてないよぉ、と笑顔で言うレレ。両翼の目でじっと見られ、さらにその翼の異形さに少し引いているジコウからすれば、「そ、そうか」と苦しい笑いを返す他なかった。


「それよりぃ、ここに初めて来たんでしょぉ?それならまず部屋に行かないとねぇ」

「部屋?」

「だって来ていきなり実習なんて鬼畜すぎるでしょぉ?それにぃ、その服もどうにかしないとねぇ」


 そう言われてようやく自分の格好を思い出すジコウ。確かに今のボロボロのローブでは、何もできないと思った。


「そうだな、君の言うとおりだ。じゃあその部屋とやらに案内してくれ」

「分かったぁ、ちゃんと着いてきてね、お兄ちゃん」


 そう言って歩き出すレレについて行くジコウ。やがて規則正しく並んだ扉の前に辿り着き、上に「この『306』と書かれている扉の中に入った。

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