第2話 十一歳の少女の独白
私は、両親のもとで生まれたの。小学校勤めの両親のもとで、生まれたの。
両親からはとても可愛がられたの。初めての子供だし、とても可愛がわれたの。
小学校に入る前までの幼稚園の頃までは、特に可愛がわれてたの。
いつも言われてたわ。「あなたはスターになる。スターになる」って。
だから思ってたの。私はスターになる、スターになるって。
幼稚園の友達にも私は言ったの。「私はスターになるよ」って。
色んな習い事もしたよ。習字から水泳からピアノ、毎日色んな習い事をしたよ。これもスターになるために必要だからって、いつも頑張って習い事してたの。
頑張って頑張って、いつも頑張ってたけど、どれも一番になれなかった。でも両親はそれでも、「あなたはスターになる」って言ってくれてたの。
そんな毎日だったわ。
年長さんの時、弟が生まれたの。
弟は可愛かったわ。大きくなるにつれて、ますます可愛くなったの。見た目も、私と違ってとっても可愛かったわ。
だから両親も、弟を私以上に可愛がったの。おばあちゃんも、親戚のおじさんも、近所のおばさんも、私の友達も、みんな弟を可愛い可愛いって、可愛がってたの。
両親は弟にも言ってたわ、「あなたはスターになる。スターになる」って。
私にも言ってたけど、弟にも言っていたわ。
小学校に入って、私は勉強を頑張ったの。だって私はスターになる人間だから。
毎日毎日、勉強を頑張ったわ。私はスターになる人間だから。
でも、どれだけ頑張っても、テストでは全然良い点数をとれないの。授業にもついていけないの。
だけど、勉強を頑張ったの。私はスターにならなきゃいけないから。
二年生の頃には授業についていけなかったの。三年生になったら、もう授業がさっぱりわからなかった。四年生の時には、教科書を全然読むことができなかったの。五年生になった時には、教科書を開くこともなかったわ。
気が付けば、両親からスターになるって言われることも無くなってたの。私も、スターになるってことを忘れていたわ。
そんな中、弟はますます可愛くなってたの。でもスポーツはイマイチだった。
そんな弟に両親は、相変わらず「あなたはスターになる。スターになる」って言っていたわ。
勉強の出来ない私は、いつも怒鳴られて怒られるようになっていったけど。
でも、弟は本当に可愛いから、仕方ないの。私は可愛くないから、怒鳴られても仕方ないの。
私なんか、スターになれないの。
でも弟は、スターにならないと。
可愛い弟は毎日褒められて、可愛くない私は毎日怒られてた。
そんな可愛くない私に、だれも友達はいなかったの。だから休み時間も、毎日一人で過ごしてたわ。毎日毎日、一人で過ごしてたの。
一人でいても、休み時間は毎日くるし、やることもないから貼り絵を始めたの。
最初は、返された白紙のテスト用紙を千切って遊んでたの。千切って千切って、千切った紙で色のない恐竜やワニを作ってたの。でも蛇を作ろうとした時、千切ったギザギザの紙じゃ、あの綺麗な線を作れなかった。だからそれからは、ハサミを使うようになったわ。
ハサミで紙を切るの、ザクザクザクザク、ハサミで紙を切って貼り絵をして。
ハサミで切るって、すごく気持ちいい。チョキチョキ切るっていうけど、全然違うわ。ザクザク、ザクザクよ。
ザクザクザクザク紙を切るの。たまには二枚を重ねてザクザクザクザク。
そのうち、ハサミで紙を切るだけになったわ。ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ハサミで切るって、本当に楽しくて気持ちいい。だから、紙以外にも切りたくなったの。草を切ったり、花を切ったり、葉っぱを切ったり、トカゲを切ったり。
虫もいっぱい切ったな。アリは小さいから面白くないの。ザクザクと切れないから。バッタは、大きいから楽しかったけど、腹が柔らかいのがダメ。
ゴキブリは楽しいよ。縦にも切れるし、頭は固めでザクザク切れるの。でも捕まえるのが大変だった。
校庭の裏で見つけたムカデは、最高だった。切っても切っても、まだまだ切れるの。ザクザクザクザク、ザクザクザクザク切れるの。
網があったら、セミもカブトムシもカナブンも捕れたのに。カブトムシの角、切りたかったな。あ、そうだ、クワガタの方が楽しそう。
二本も角があるし、体も固いし。いっぱい切れるよね、楽しいよね。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
そんなある日、学校から家に帰ってたとき、空き地の草の中に、真っ白な子猫がいたの。もう死んでたけど、珍しいなって思って拾ったの。
頭を掴んで、揺すったり回したり、ぶら下げて遊んでたけど、ふと可哀そうに思ったの。この子、誰からも何も可愛がわれずに死んじゃったんだなって。
生き返らせて可愛がってあげようと思ったけど、生き返るわけないし。
だらりとぶら下がる頭と四本の足を見ていたら、ふと気づいたの。
あれ、これってあれに似てるかもって。
だからランドセルから慌ててハサミを取り出して、腹を下から切り裂いていったの。ザクザクザクザク。柔らかいかと思ったけど、切りごたえがあったな。ザクザクザクザク。でも、腹が小さいから、すぐ切り終わっちゃった。
体から色々出てきたけど、邪魔だから全部切っちゃった。
それから子猫をうつ伏せに地面において、前足を斜め上へ引っ張って、後ろ足を斜め下へ引っ張ったのね。そしたらほら、やっぱあの形になったの。スターの形になったの。凄く嬉しかった。
ほら、この子、スターになったよ。私のこのハサミで、スターになったよ。
私はスターになれなかったけど、誰かをスターに出来るの。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
嬉しくて、近くにあった集会所の掲示板に、スターの猫ちゃんを貼ったの。
ちょうど破れかけのポスターがあったから、剥がして貼ったの。
それから、どんな反応をするか、離れて覗いてたの。
そしたら、通りかかった中学生のお姉さんや大人が、みんなキャーキャー叫ぶの。
みんな子猫の前に集まって、そのうちパトカーもやってきたの。
凄い、やっぱスターって凄い。みんなこんなに大騒ぎするんだもん。こんなに集まるんだもん。お巡りさんも来るんだもん。
スターって凄い、凄いよ。
この子をこんな凄いスターにしたのは、この私だよ。このハサミだよ。この、ザクザクザクザク切るハサミだよ。
私はスターになれなかったけど、誰かをスターに出来るんだ。
このハサミで、どんな子もスターにも出来るんだ。
凄く嬉しかった。ずっと怒られてばっかりだったから。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
それからしばらくして、弟の幼稚園で運動会があったの。
弟は徒競走に出たけど、負けちゃって二番だったの。
その夜、弟は両親に怒られてたわ。休みの日はパパと一緒に走って訓練してたのに負けたから、両親はすごく怒ってたわ。
隣のリビングで怒られて泣く弟を見て、凄く可哀そうだった。
可愛がわれている弟も、このままじゃ私と同じで、両親に嫌われちゃう。
だから、私が何とかしてあげないと。
私が、弟をスターにしてあげないと。
あの日、ちょうど両親が仕事に出かけて、家の中は私と弟だけだったの。
リビングで座りながら弟と話したわ、「スターになりたいの?」って。そしたら弟は、「スターになりたい」って答えたわ。笑顔で答えた可愛かった。だから言ったの、
「お姉ちゃんが、スターにしてあげる」
部屋に戻って、いつものハサミを取り出したの。そのハサミを持って、弟のところに戻ったの。
「お姉ちゃんが、すぐにスターにしてあげるからね」
椅子に座っている弟の後ろから、首に、ハサミを、突き刺したの。ザクっと。
血と悲鳴が、弟の首から噴き出して、部屋中を赤く染めたわ。弟は暴れるけど、でも、大きく丸い頭がついてたら、本当のスターになれないもん。
「スターになるためだから、スターになるためだから」
弟に言い聞かせながら、両手でハサミを持って一生懸命切ったわ。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
暴れて床に落ちた弟も、そのうち弟も静かになったから、いつも通り片手で切ってたけど、途中でヌルヌルして切れなくなっちゃった。ザクザクいかないの。
だから、台所から包丁を持ってきて、ギコギコ首を切り続けたわ。
ギコギコギコギコ。
頭は切り終えたけど、これじゃまだスターじゃない。手と足が、無駄に邪魔だわ。
だから、肘と膝のところを、包丁で切っていったの。
ギコギコギコギコ、ギコギコギコギコ。
スターにするのって、本当に難しい。でも、やりがいがあるわ。
ギコギコギコギコ、ギコギコギコギコ。
出来た、ようやく弟をスターに出来た。
嬉しい、凄く嬉しい。
スターになった弟を、椅子に座らせてあげたの。床も真っ赤で、これってレッドカーペット。まさにスターの象徴よ。
ウットリする、ホレボレする。スターになった弟は、なんて可愛いの。
凄い、凄い、最高、最高。
でも、床には弟の顔が転がってたの。口も眼も半開きで、馬鹿みたい。
スターは顔も大事なんだよ。だから、顔に包丁を突き刺して、切り始めたの。
顔もスターにしましょうね。顔もスターにしましょうね。大事なお顔も、スターにしてあげるね。
額から鼻、鼻から右耳、右耳から右頬、右頬から右顎、右顎から下唇、下唇から左顎、左顎から左頬、左頬から左耳、左耳から鼻、鼻から額。切り開いて、顔をスターにしたあげたの。
顔も体も、正真正銘のスターよ。
両親が帰ってきて、パパは泣き叫んでたわ。ママは気絶してた。
一夜にして弟がスターになったんだもん、そりゃ歓喜するし、失神するよね。
あまりの嬉しさに、弟をスターにした私を褒めることも忘れちゃったみたい。
それからお巡りさんと救急車が来て、私はこの部屋に呼ばれたの。
ねえ、今度はお巡りさんをスターにすれば良いの?最初から包丁を使うから、スーパースターにしてあげれるよ。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ギコギコギコギコ、ギコギコギコギコ。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ギコギコギコギコ、ギコギコギコギコ。
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
ギコギコギコギコ、ギコギコギコギコ。
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