第15話 友愛の力 死力 前

 私の涙が1粒地面に弾けるのと同時に、寿磨が走り出した。


「2人に増えようが変わらん。だがその女がいる故、加減は出来んぞ」


 術者は両手に小さな渦を作り出した。 

 おそらくは涼花さんの抜刀術と似たもので、体外に溢れた霊力を凝縮、放出する技だろう。

 霊力が溢れている私にも理論上は出来るはずだが、今そんなものを試す暇は無い。

 あんなものをまともに受ければ寿磨の命が危ないだろう。

 だが寿磨は真っ直ぐ進む。


「寿磨⋯⋯」


 こんな状況なのに、なんだか嬉しかった。

 私を信じて進む寿磨が、こんな状況で、私達の友情を確かめられることが。 

 その寿磨の顔すれすれに、2枚の札が術者に向かって飛ぶ。


「ほう」


 捕らえるなんて生半可な気持ちは込めていない。

 確実に仕留める為に札を投げたが、術者は落ち着いて札に手のひらの渦をぶつけ、消し炭にした。

 べつにそれはいい。

 あの渦はすぐには再生できないはずだ。

 直後、迫った寿磨の左拳が術者の頬に迫った。

 術者が右手でそれを受け止めると、畳み掛けるように寿磨の右手の鉄パイプが頭部に迫る。

 鉄パイプを左手で掴んだ術者は、そのまま鉄パイプごと寿磨を投げ飛ばそうと、放り投げた。

 私はまた札を1枚、今度は寿磨達から少し離れた空中に投げる。

 対処しきれず投げ飛ばされた寿磨の体を、新たに放たれた札から現れた金色の糸が包み、引き戻す。

 術者が霊力を具現化し、物理的に利用できるなら私も同じだ。

 札を使えば、同じことが出来る。

 さらに私は、何枚もの札を同時になげ、術者を囲うようにした。


「見事、霊全想真の力⋯⋯だが」


 術者の死角から札が無数に飛んでいくが、術者はそれらを避け、自らの霊力を放出することによって灰にした。


「嘘っ!?」


 さすがに今のは想定外。だがまた何枚も札を放つ。

 今度は縦横無尽にそれぞれタイミングをずらしながら迫らせたが、また全て躱され、消されてしまった。


「甘い。札を扱えるだけの霊力を持ちながらも全てが甘すぎる」


 術者が私に迫る。

 咄嗟に私は札を1枚木々の生い茂る山の中腹に投げ、眩い光を放ちながらその場を離脱した。

 札が落ちた地点に転移した私は、運悪く小石に足を捻り、姿勢を崩してしまう。

 

「そこか!」


 放った札を追ってきた術者の手刀が私に迫る。

 札を術者に突き出し祈ると、輝く壁のようなものが私の身体を包んだ。  

 壁に手刀がぶつかるが、私の身体がビクともしないどころか、壁に傷1つつかない。。


「小賢しい⋯⋯」


 術者は手のひらに先程までより大きな渦を作ると、私を包む壁に押し込んだ。

 渦が弾け、私の身体が後ろの木にぶつかった。壁に守られたものの、壁には亀裂が入り粉々に壊れてしまった。

 私がまた1枚突き出した時、術者の手刀がまた首を捉えた。

 だが私は背後の光景を見て笑った。

 手刀が体を捉える直前、寿磨の左腕が術者の背中を捕まえていた。


「俺を忘れるなよ」


 法衣を掴んだ寿磨がそのまま術者を投げ飛ばす。術者は木に身体をぶつけた。

 成人男性を片手で投げ飛ばすなんて、もう十分寿磨も人間を辞めている。

 自分でも驚いたようで、寿磨は左腕を回しながら首を捻る。

 寿磨のあの左腕は大きな戦力だ。

 しかし、むしろ今は私の方が役に立てる場面が少ない。


「俺の左腕凄いな。投げ飛ばしちゃったよ。あ、そんなことよりすぐにくるぞ瞳美」


「どうしよう寿磨、札が効かないの」


 私が寿磨に救いを求めるかのように言うと、寿磨は下唇を突き出して微笑を零した。


「そりゃあれだ。お前は真っ直ぐすぎるんだよ。もっとそれを生かすことを考えろ。なんでも出来るんだろ? さっき俺を助けてくれた時のことを思い出せ」

「あ⋯⋯そっか」

「まさか気が付かないなんてな⋯⋯」

「ごめん⋯⋯頭に血が上ってて」

「冷静さを失って怪我するとか勘弁してくれよ。俺は由貴のためにもお前を守らなきゃならないんだから」

「え?」

「な、なんでもない⋯⋯ほら、来るぞ」


 飛ばされた木の下で、術者は合掌しながら何かを唱えている。

 すぐにしかけてくると思ったが、術者は動かない。

 不気味なその様子に息を飲んで佇んでいると、術者の身体の周りに黒いもやのようなものが立ち込める。


 瞳美は目を擦り、その様子を凝視した。

 寿磨も口を半開きにして、戸惑っている。


「何が起こってるんだ⋯⋯」

「あれは⋯⋯」


 私の全身に悪寒が走る。

 今軽く戦ってみて、不意打ちとはいえ、3人が負けた相手だとは思えなかった。

 だがあの靄が、多量の霊力が原因だとすると、それも納得がいく。 


「霊力の凝縮⋯⋯体外に纏っていたものを凝縮させてるんだよ。あの男が放っていたあの黒い渦に似たものをを全身に纏って強化してるの」

「そんなバトル漫画みたいなことできるのかよ」


 寿磨は顔を引き攣らせながら声を荒らげた。


「わかんないよ。だって大抵の人は体外に漏れ出す霊力なんてほとんどないし、体内の霊力を外へ放出することも普通出来ないって。そもそも、あんな渦も御厨さん達じゃ絶対作れないし」


 私と寿磨の顔に嫌な汗が滴り落ちる。

 霊力なんてものは普通見えない。

 現に私は私の霊力が見えないし、御厨さん達にも見えていない。

 ただ涼花さんやこの術者がやったように、体外の霊力を自らの赴くままに使用したり、私が札の力を使って霊力を触れられるようにすることで、霊力は姿を現す。

 だが涼花さんのそれはほんの一時的なもので、ああやって長い間目視することは出来ない。霊力の量が少ないからだ。

 私は札を使わなければ何一つできない。

 あの術者のように体に纏わせるには、札を身体中に貼る必要がある。

 体外に纏った霊力が私達の目に見えるということは、それだけ多量の霊力を凝縮していることになる。

 纏った霊力が術者の体を守り、強化しているのだとすれば御厨さん達が負けたのは当然とも言える。

 私にとって、自分と同等、もしくは自分以上の霊力を持つ人間を見るのはこれが初めてだ。

 能力者として目覚めて日が浅い私だが、正直御厨さんの反応から自分以上の人間など居ないと過信していた。


「あー、わかったわかった。お前の知り合いの女子達やあいつの人間離れした身体能力は霊力によって産み出されるもの。お前のその言い方じゃ、霊力ってのは基本身体の内側に存在するもので外にはせいぜいがちょっと漏れ出す程度。だがあいつはその霊力が馬鹿みたいに多いから漏れるって量じゃなくて常に身体中を覆っていたんだな。で、今それで体を固めてるってわけだ」

「え?」


 私は首を高速で振り、寿磨に顔を向けた。

 自信満々に自論を語る寿磨だが、果たしてこんなふうに頭の回る人物だっただろうか。


「なんでそこまで分かるの」

「こういう厨二心を擽るものには敏感だぜ俺は」

「そうだっけ?」


 寿磨がはっきりと頷く。

 納得できないまま唸り声を鳴らしていると、枯葉を踏みしめる音が徐々に向かってきていた。


「なかなかの座興ではあったぞ。退屈しのぎにはよかった」


 術者がゆっくりと進み、足を止めた。

 術者と私達の間に静寂と緊張が入り交じる。


「だがこれにてご退場願おう」

「下がってろ瞳美」


 咄嗟に寿磨は私の前に出て、私の身を隠す。


「なにしてるの」

「お前は援護を頼む。俺がやつを引きつける」


 寿磨は落ちていた石をひとつ拾って投げつけた。

 術者の顔目掛けて一直線に石が放たれたが、術者は避ける素振りも見せない。

 石は術者の耳に当たった、ように見えたが実際は耳を覆う霊力に阻まれ、鈍い音と共に弾かれた。


「また硬くなりやがったよ。サナギかあの男は。次は羽化して逆に脆くなるか?」


 苦笑いしながら、冗談を吐き、寿磨から仕掛ける。

 私も札を構えて隙を伺う。






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