第14話 友愛の力 開戦

 雨宮高校から北へ数百メートル進んだ先に、いくつかに連なった山が見え、中央の一番低い山に雨宮城は存在する。

 自転車を壊してしまった俺は道中、襲ってくる亡者を蹴散らしながら走って進んだ。

 あの自転車ももう3年は乗ってる。愛着も湧いていたが仕方がない。

 ただ壊れるにしてもタイミングが悪かった。

 既に息は上がり、今までにないほどの鼓動が全身に響く。

 山の麓に立った時、自分を鼓舞するため、歯をむき出しにして山を登り始めた。

 山のあちこちに亡者が点在している。


「この山のどこかにその術者が⋯⋯」


 つづら折りに整備された道を登りながら、周囲を確認し続けるが、男の姿は見えない。


「頂上か⋯⋯」


 周辺に居ないことを察し、道を外れ直線的に山を登り始めた。

 木の枝や石などが足場を不安定にし走りにくい。木の葉や枝から身を守るため両手で顔の前を覆いながら、山道を掛けた。


 我ながら馬鹿なことを申し出てしまったと、今更後悔が止まらない。

 さっき見たあの人達ですら、どう考えてもただの人間とは思えない化け物だったというのに、これから向かう先に居るはずの男は彼女達以上の化け物らしい。

 格好つけたかった訳では無いが、術者と亡者の事を知ると、この身で確認しなければ気が済まない。

 瞳美の心と由貴の心を傷つけたあの男を俺は許さない。

 それに、あいつが守りたいという存在が傷つくのも耐えられないようだ。

 ポニーテールの人に突きつけられた刃が今も鮮明に浮かぶ。

 正直腰が抜けるかと思ったが、今から向かう先はきっともっと恐ろしい。

 そんなことを考えていると、目の前の木々が徐々に減少し、ようやく山頂という所で、視界が晴れた。 

 開けた山頂には、いくつかの立て看板と、中央に石垣で囲われ、階段が用意された御殿後がある。

 そしてその御殿跡の上に、聞かされていた術者と思われる男を発見した。

 男は俺に背を向け、こちらに気がついていない。

 法衣に身を包んだその男は見るからに術者と思われる様子で、熱心に何か唱え続けている。

 その男の頭上で、幾つもの白い影のようなものが動くのが見えた気がした。

 一度目をこすって確認したが、もう何も見えない。

 もしかしたら、今のは本当に死人の魂なのかもしれない。

 鉄パイプを握り直し、ゆっくりと術者に向かって歩き出した。

 ポケットにしまった札の存在を確認し、足を止めた。


「見つけたぞ」


 術者に向かって声を張り上げると、気がついたのか振り返った。

 わざわざ呼びかける必要があったのかは疑問だが、どうせこの距離から不意打ちなんて出来やしない。

 術者は顔を顰め、目を細めた。


「おや、なぜこんな所に子供が⋯⋯いや、何をご所望だ」


 一瞬、術者は俺を迷い人か何かだと思ったのか、柔らかな声を出したが、俺の右手に握られたものを見て敵意をむき出した。


「お前の命⋯⋯とまでは言わん。この事態の鎮静だ」

「小僧、貴様もあの女達の仲間か」


 術者は天守台から飛び降りた。

 ただ飛び降りただけだが、その身のこなしは随分と手練のようだ。

            

「さあ、多分違う。俺はただ個人的にお前が許せないだけだ」


 鉄パイプを両手で握り、体の前に構えた。


「遊んでいる暇は無いのだ。早々にご退場願おう」


 男は左足を引き、腰を落とし、手を手刀の形にして構えた。

 構えただけで力の差ははっきりと見える。

 俺ではこの男をどうすることも出来ない。

 だがもし、この男が俺の想像を凌駕する場合、今すぐに瞳美を呼び出してしまうと、あいつの身が危ない。

 啖呵切って1人で来てしまった以上、相手の力量を測るため少しは自分で耐えるしかないのだ。

 こんなことなら、あの3人に詳しく話を聞いておけばよかったかもしれない。

 だがあの3人だって、この男のことなんてあまり思い出したくないだろう。

 俺は大きく息を吸い、攻撃に備えた。


「素手か」


 呟いた途端、術者は俺に向かって走り出した。

 

「速い!?」


 瞬きする間に距離を詰める術者に対し、咄嗟に俺も右足を蹴り出して前へ出る。

 ここで後ろに下がっても、すぐに詰められる。そう判断した体が勝手に動く。

 間合いに入る瞬間、俺が先に仕掛けた。

 躊躇なく術者の頭部目掛けて鉄パイプを両手で振り下ろす。鈍い音が周囲に響く。

 術者は左手のひらで俺の一撃を受け止めた。


「おいおい、今ので骨にヒビ入ってもおかしくないぞ。普通少しは痛がるだろ」


 もう笑うしかない。

 今のが逆の立場なら、俺の右手の骨は最低でも間違いなくヒビは入っていたはずだ。

 受け止められることは想定していた。

 しかしまさかそれが手のひらで、しかも全く効いている素振りを見せないことに焦りを覚えた。


「童の遊びに付き合うつもりは無いのでな」


 術者の右手を退けようと力を込めるが、微動だにしない。

 術者は右手を軽く引くと、勢いよく掌を俺の鳩尾めがけて突き出した。

 力量差は歴然、間違いなく一撃でも食らったら負ける。


 鉄パイプを術者の左手に添わせ、反動を付けながら体を右に流して攻撃を回避した。

 術者の左側面に回った俺に対し、左足の蹴りが近づく。

 瞬時に頭を屈め、そのまま術者の脇腹目掛けて鉄パイプを振り回した。

 また鈍い音がし、今度は狙い通り脇腹に鉄パイプが当たり、術者は少し痛がる様子を見せた。

 すぐさま術者と距離を取り、また構え直しす。


「今のは少し効いたみたいだな。不意打ちが弱点か?」

「ああ⋯⋯その通りだ」


 俺は少しでも余裕を見せるため、笑顔を取り繕った。

 表面上でも笑っていないと、直ぐにでも恐怖に押しつぶされそうだ。

 すぐさま術者がまた距離を詰めてくる。

 術者は飛び上がると、そのまま左足を勢いよく俺の頭目掛けて振り下ろすが、それを転がりながら横に避け、すぐに体勢を立て直した。

 術者の踵が振り下ろされた地面には、小さな穴が空いていた。


「ありえねぇ。そんなの食らったら死んじまうだろ⋯⋯こっちは命は取らないって言ってるんだから、少しは遠慮してくれてもいいんだぜ」


 目の前の強者への恐怖から心拍数が上がり、全身の震えが止まらないが、それでも笑みを崩さないように心がける。

 もう呼んでもいいんじゃないかと思うが、少しでもひとりで何とかできるという、俺の中の楽観的な思考が残っている限りは、瞳美に頼りたくない。


「不良坊主に遠慮はいらんだろう。私が地獄へ葬ってやろう」

「俺は親困らせたのはついさっきが数年ぶりだし、極道以下の外道のお前が地獄へいけ」


 術者が接近すると、俺は術者の側面に回り込んだ。

 術者の裏拳が顔に向かってくるが、それを鉄パイプで受け止める。


「今火花散らなかったか!?」


 今度は俺から飛び掛り、仕掛けた。

 右手の鉄パイプをまた上から振り下ろすと、余裕を持って、術者がまた腕で受け止める。


「これでも喰らえ」


 俺は鉄パイプを手放した。

 術者の意識が一瞬、視線と共に落下する鉄パイプに向けられた。

 術者の視線が正面に戻ってきた時、俺の左拳は術者の鼻先を捕らえていた。


「オラァ!」


 振り抜いた拳の先で、術者はよろめいた。

 確かに攻撃が通った感覚が、俺の左腕に伝わった。

 すぐに鉄パイプを拾い、また距離をとる。


「今のは本当に効いたみたいだな。どうやら貴様には不意打ちやこの工事現場で拾った相棒より俺のこの左腕から繰り出す悪気消滅拳が必要なようだな」

「今のは良かったぞ。小僧、武術でも齧ったか。それにその腕、霊力が」


 術者は鼻先に軽く触れ、俺を睨みつけた。

 たしかに効いてはいるが、有効打とはいえなさそうだ。

 原理は分からないが、この左腕はあの男へダメージを与える唯一の方法かもしれない。

 多分、鉄パイプの不意打ちはもうできない。


「こちとら武術どころか殴り合いもろくにしたことないさ。人の顔を殴ったのも今が初めてかもな」


 鼻息を漏らしながら言うと、術者が目を丸くする。


「ほう、躊躇は無いのか。人を傷つけることに」

「お前なんかにあるわけないだろ」

「初対面だと会うのに、随分と嫌われたものだ」

「それはどうかな。お前、子供を亡者にしたことはあるか」


 俺は笑みを崩し、術者を見据えた。


「さて。いちいち人を精選する訳でもない。だから亡者になった人間など覚えておらん。もし仮に、あると言ったらどうする」


 言い終えると同時に走り出し、距離を詰め、飛びかかった。


「3人分まとめて貴様を倒すだけだ!」


 今度は鉄パイプを左手に持ち替え、振るった。

 軽く躱され、術者の後方に着地しすぐに振り返ってまた鉄パイプを振り下ろした。

 身を低くして攻撃を交わした術者が、即座に懐に潜り込む。

 俺は後ろに後退したが、またすぐに距離を詰められ、術者の掌が、俺の腹の前数ミリの所で止まった。


「悪くなかったぞ。小僧」


 直接殴られる訳でもなく、俺の腹と術者の掌の隙間に、小さな黒い渦のようなものが現れた。


「やばい⋯⋯」


 距離を取ろうとしたその時、渦のようなものが術者の手によって押し込められた。

 同時に渦は弾け、鈍痛と共に俺の体が後方に吹き飛んだ。

 背中から転がり、すぐに立ち上がったが、痛みと衝撃から体が思うように動かない。


「なんだ⋯⋯何が起きた⋯⋯」


 衝撃を受けた腹を押えた途端、体内から何かが込み上げてきた。


「ガバッ⋯⋯」


 込み上げてきたものが溢れ、口から少量の血が零れた。

 血は白いシャツを赤く染めあげ、鉄の匂いを充満させた。

 よく不良漫画なんかでは、口の中を切って出た血を内蔵の損傷だと勘違いする読者がいる。

 それはまさに俺の事だが、今の血はたしかにどこかの臓物から出てきたようだ。

 事実、口の中が切れるような攻撃は受けてないし、明らかに血の量が多い。


「ッ……」


 また血が口から漏れだす。

 血は地面に零れ、土に染み込む。

 

「効いただろう。我が霊力を込めた一撃、よく立ったと言いたいが、もう終わりだ。今ここから立ち去ると言うなら見逃してやろう」

「へぇ、随分優しいじゃないか」


 術者は構えを解き、直立した。

 もはや戦いは終わったと、目で示している。


「陰陽師もびっくりだなマジで」


 呼吸の度に臓器が痛む。

 あの男は俺に情けを掛けた。

 あの男がわざわざあの衝撃波のようなものを使わず、直接打撃を与えていれば、俺は今でも蹲っていたに違いない。


「こっちは見逃してもらう気も見逃す気もないぞ⋯⋯」

「威勢を張っても、命を削るだけだ小僧」


 本当なら今すぐにでも逃げ出したい。

 あとは彼女達に任せて俺は放棄したいが、どうやらそうもいかない。

 最悪俺だけが犠牲になればいいと思ったが、この男は間違いなく俺を殺したあとは、関係の無い人々に仇なすだろう。

 華奈や母さん、そして瞳美を守るため、どうやら瞳美を呼ぶしかないようだ。


「本当⋯⋯1人で戦うとか言わなくてよかったよ」


 ポケットから霊全想真と書かれた札を取りだし、術者に突き出した。

 術者は札を見るなり身構えたが、すぐに構えを解いた。


「その札⋯⋯誰に渡された。貴様に扱えるとは思えんがな」

「お前、あいつのことは知らないんだな。見せてやるよ」


 札を掲げ、心の中で瞳美を呼ぶと、札から眩い光が溢れ出した。


「な、何を。なぜ貴様ごときがその札を」


 腕で光を遮りながら、術者が戸惑いの声を漏らす。


「勝負はこれからだ。出てこい!」


 札の中から人の影が現れ、影が実物となり、その全容が顕になった。

 瞳美を守るために瞳美と共闘する。

 矛盾しているようだが、1度負けた人達に頼るより可能性はあるし、これが一番瞳美を守れる方法だと信じる。


「こいつが真の|最終兵器、俺の化身。瞳美だぁ! ────痛っ!」


 瞳美を呼び出した途端、背中に激痛が走り、膝をついた。札を落とし、痛む箇所を抑えた。

 

「おい! 何するんだよ瞳美」


 後ろに顔を向けると、睨みつけながら俺を見下ろす瞳美の姿があった。

 今明らかに、後ろから衝撃が伝わった。

 それもきっと蹴りだ。

 親にも蹴られたことないのに、女の子に蹴られるのは妹以来だ。


「化身って何? さすがに怒るよ。って⋯⋯」


 怒気をむき出しにしている瞳美だが、俺を見て態度が一変し、肩に触れた。


「どうしたのその血!」

「奴にやられた。気をつけろ瞳美、俺一人じゃ無理だ」

「だ、大丈夫なの寿磨」

「ああ、ただシャツに染みてるだけで、大した出血量じゃない。それより本当に来てくれたんだな」

「当たり前だよ」

「本当、その札が凄いのか、幼馴染が知らない間に遠くに行っちゃったのか」


 冗談交じりに笑いながら言うと、瞳美の顔が遠のく。

 瞳美が術者に顔を向け、立ち上がる。


「貴方が、御厨さん達を」


 既に冷静になっている術者は、瞳美の全身をゆっくりと見回し、1歩後ずさる。

 あの目線は、変質者のそれに近いと思われる。


「やはり貴様ら、あの女達の仲間か」

「そうだよ」


 瞳美は両手に札を持って構える。

 その横で俺はゆっくりと立ち上がり、瞳美の肩に手を乗せた。

 まだまだ身体が痛い。というかこのままだと悪化するだけだろうが、瞳美が来たことにより気が楽になった。


「俺は違う。俺はこいつの味方だ」

「寿磨⋯⋯」


 お互いの目が合い、俺笑って頷き、左袖を捲った。


「いくぞ瞳美、俺たち2人、いや、3人の力で奴を倒す」

「っ! うん。いくよ寿磨!」

「おう!」





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